表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

貴方が平等に接してくださっていたら、なんの問題もなかったんですよ。今さらですが……

作者: 悠木 源基

 たまにテンプレものが書きたくなります。

 初夜に「君を愛することはない」系の話を初めて書いてみました。

 妊娠、不妊に関するデリケートな話が出できますので、苦手な方はお避けください。

 そして、あくまでも異世界の話で、特定の国をモデルにはしていません。現代の倫理観とは異なることを理解して読んでいただけたらと思います。


 

「君を愛することはない。私が愛する人はただ一人だ」

 

 王太子のルーモアが冷たい目をして、夫婦の寝室で彼を待っていた私にこう言った。

 まあ、婚約中や結婚式の態度を見ていれば、容易に想像できたことなので、別に驚きはしなかったが、それでも深いため息をついた。

 これでも長い間婚約していたのだから、僅かでも情を持っていたので、やり直しのチャンスを与えていたのだが、さすがにタイムオーバー。

 

「そうですか。がっかりです。貴方にそこまで王太子の自覚がなかっただなんて」

 

「王太子の自覚だと?」

 

「ええ。将来国王となる方なら、たとえ建前だろうと、国民を等しく愛するというのが当たり前でしょう。

 それなのにたった一人だけしか愛さないなんて、信じられない発言ですわ」

 

「君は何を言っている! 

 私は国民を全て愛している。そんなことは当たり前ではないか!

 たった一人と言ったのは、恋愛感情を持つ女性という意味で、プライベートでの愛のことだ」

 

「同じことですわ。だってそうでしょう?

 殿下は私を飾りものにしたいのか、数年後に離縁なさりたいのかは存じませんが、どちらにしても私を蔑ろにすれば、この国民や家臣達がどうなるかくらいおわかりでしょう?

 それなのにこんな真似をするなんて」

 

「どういう意味だ?」

 

「どうって、私の父のリイスポン侯爵が娘を蔑ろにされて黙っているわけがないでしょう?

 必ず王家、並びに貴方に味方をした貴族のいくつかが没落しますよ。

 そして負の連鎖はまるでドミノ倒しのように人々に広がり、そのせいで関係のない多くの人々が路頭に迷い、命が危ぶまれたりすることでしょう。

 国民や臣下をそんな目に遭わせても平気だ、と考えていたからこそ私を蔑ろにできたのですよね?

 言い換えれば、国民を愛してるなんて嘘だったということですよね?」

 

 私の三段論法に王太子は口をパクパクさせていたが、やがてこう言った。

 

「君の父親が王家に反乱を起こすというのか! 国家転覆罪で死罪になるぞ」

 

「父を負かすことができればそれも可能でしょうが、近衛も騎士団も父が掌握しているから無理でしょうね。

 因みに他国からの信頼も王家より我が侯爵家の方がありますから、援軍を要請しても無理だと思いますよ」

 

 私の言葉に王太子は青ざめた。ようやく己の立場に気付いたようだが、あまりにも遅すぎだわ。

 こんなになるまで正しい状況判断ができなかった男が国王になったら、それこそ彼の愛する国民が泣くことになるので、彼のためにもこう言ってやった。

 

「ただし、別に我が家は王家を乗っ取るつもりありませんから、ご心配なく」

 

 私の言葉に青ざめていた王太子は、ホッとしたように大きく息を吐いた。それから頭を下げて謝罪した。

 

「すまなかった。君にひどいことを言ってしまった」

 

「今さらですね。婚約してからずっと蔑ろにしてきたくせに」

 

「蔑ろ? 私は婚約者として最低限のことはしてきたつもりだが。 

 毎回誕生日には侍従にプレゼントを贈らせていたし、お茶会にも一応顔を出していただろう?

 卒業パーティーではエスコートはしてやれなかったが、ダンスは一度踊ってやったし」

 

 ずいぶんと上から目線ですこと。

 それにしても、贈り物は侍従に丸投げしていたのね。

 貰ったアクセサリーを身に着けて行っても何も反応していなかったから、おそらくそんなことだろうとは思っていたけれど。

 でも殿下の侍従の伯爵令息様って、いいセンスしているわね。是非お友達になりたいわ。


「他人から見ても最低限、形式的だと見られてしまう扱いをしていたのですから、それは蔑ろにしたということと同義なんですよ。

 しかも、いつも私を睨みつけていたのですから、私を嫌っているのがバレバレでしたよ。

 そのせいで、学園時代、世間知らずの人間から私は見下されて軽んじられ、色々な嫌味や嫌がらせを受けたのですから。

 たとえ私を嫌いでも、好意を持っているという振りくらいはしなければいけなかったのに。そう、私のように」

 

「私のようにって、君も振りをしていたってことか! 

 君は相変わらず負けん気が強いな。私に惚れて関心を持たれようと必死だったくせに」

 

「自惚れもそこまでいくと滑稽ですね。

 あんな心無い扱いをされ続けていたのに、貴方に好意を持つわけがないじゃありませんか。私はマゾではありません。

 それに私は臣下の義務として王太子の婚約者として相応しいように振る舞っていただけです。

 本心では婚約破棄を突き付けてやりたいとずっと願っていましたよ」

 

「す、すまない。これからは君を大切にする。決して蔑ろになどしない。

 君が望む通りにするし、離縁したいのなら離縁しよう」

 

 真剣な顔をして何を言い出すかと思えぱ、全て自分に都合のいいことばかり。

 

「望む通りですって? それなら貴方の想い人である子爵令嬢とすぐに別れてください。そして私と普通の夫婦同様に結婚生活を送ってください。表面上でよいので」

 

 まあ、どんな返しがくるのかはわかっていたけれど、一応最後の確認をしてみた。

 すると、彼は期待を裏切らなかった。

 

「君と形だけの夫婦は演じられるかもしれない。しかし、ベッドを共にすることはできない。それはリリアを裏切ることになるから。

 私は彼女と別れても裏切ることはできない」

 

「それでは世継はどうなさるのですか?」

 

「それは問題ない。すでにいるから」

 

「いるとは?」

 

「リリアとの間には息子がもう生まれているのだ」

 

 自分の口から不貞を認めるなんて、なんて馬鹿なのかしら。こちらとしては嬉しいけれど。

 

「庶子を引き取って貴方の子として認知し、後継にするつもりですか?」

 

「ああ。王家には私しか王子はいない。リリアと別れても君とは白い結婚になるのだから、もう子供ができることはないだろう?」

 

「それではこの結婚は私になんのメリットもありませんよね? 

 女性として、妻として、母としての喜びも知らず、ただ王妃の仕事をさせられるだけなんて。貴方はやはり私を馬鹿にしています。

 蔑ろにしないと今さっき言ったくせに、よく平気でそんなことが言えますね?」

 

「すまない。私はリリア以外の女性を好きになれない。だが、君を縛り付けるつもりはない。世間にバレなければ自由に恋人を作ってくれていいんだ。

 ただ、王家ではない血を入れるわけにはいかないから、そこのところは自重してもらいたいが」

 

 それを聞いて私は思わず声に出して笑ってしまった。長年淑女教育を受けてきたのに全くもって失態だけれど。

 私の笑いをなにか勘違いしたらしく、王太子は慌ててこう言った。

 

「王家の血を引く子供が欲しいからといって、父から子種を貰おうと思っても無駄だよ。

 父は私が生まれた後高熱を出して、子種を作れない体になっているからね」

 

 そんな極秘情報を人に話しては駄目だろう。いくら妻だといっても、それは名目上であり、しかもいま現在敵対している相手に。

 陛下もこれを聞かされたら、さぞかし切ない思いをされることだろう。

 

「気持ちの悪いことを言わないでください。品性下劣ですね。

 そもそも私は、結婚や婚約をしている方と平気で不義をする、貴方やリリア嬢のような倫理観のない人間ではありませんのよ」

 

「私はともかくリリアを侮辱するな。彼女ほど清廉な女性はいない」

 

「清廉ですか?」

 

 私は再び笑いを堪えられなくなってしまった。

 するとそれまで一応しおらしい顔をしていた王太子が怒り出した。

 いやぁ、本当に駄目だわこの男は。

 こんな男に国を任せたら多くの家臣や国民が不幸になる。

 さすがに親バカな国王夫妻でも、今、魔道具で録音しているこの会話を聞いたらわかるだろう。

 これでもわからなかったら、サクッと父親が彼らのことも一緒に始末してくれるだろう。

 

「ちょっと落ち着いてもらえます?

 さっきから何度も忠告させてもらっていますが、貴方に対する生殺与奪権は私が持っているんですよ? 

 それを理解できていますか?」

 

「なっ! 衛兵! すぐに来てくれ!」

 

 王太子が叫ぶと、部屋の扉が開き、王太子付き護衛と、別の近衛兵が二人が入ってきた。

 

「この女をすぐに捕まえろ! 私の命を狙おうとした不届き者だ」

 

 王太子はこう叫んだが、彼らは私を背にするように王太子の前に立った。それを見て、彼はギョッとしたような声を上げた。

 

「何をしている、ルリルナを捕まえろと命じているんだ」

 

「本当に頭が悪い方ですね。貴方はもう廃嫡されるんですよ」

 

 近衛兵の一人がこう言うと、元王太子となることが確実のルーモアが目を剥いた。

 

「廃嫡だと! なぜだ?」

 

「恐れ多くもルリルナ様をお飾りの王妃にし、悪女に騙されて、王家以外の血を王家に入れようとしたからですよ」

 

「リリアが私を裏切ったというのか!」

 

 王太子は信じられないという顔でそう叫んだ。

 

 

 

 ✽✽✽✽✽

 

 

 

 王太子のルーモアは、学園に入学して間もなく、子爵令嬢のリリアと恋に落ちた。

 人目も気にせず仲を深める二人に周りの大人達は注意をしたが、二人は聞く耳を持たなかった。

 反対されればされるほど恋とは燃え上がるものだということを皆もわかっていたので、仕方なく二人の行動を監視し、危険は前もって防いでいた。

 

 だからルーモアが外出するときには必ず避妊薬をこっそり飲ませていたし、二人のことが噂にならないように情報統制もしていた。

 いつか彼が自分の立場を理解して、王太子の自覚を持ってくれると信じて。

 ところが、恋人が妊娠したと知って取った彼の行動に皆が驚嘆した。墮胎させるどころか、出産させ、その子を自分の後継にしようと企んでいることがわかったからだ。

 

 このことは王宮を騒然とさせた。これは王家乗っ取りだと。

 リリアの産んだ子がルーモアの子でないことは明らかだったからだ。それは避妊薬を飲ませていたことだけが理由ではない。

 リリアがルーモア以外の男達とも関係を持っていることを知っていたからだ。それも王太子と同じ金髪碧眼の男ばかり。

 王太子妃の座を狙って託卵を計画したのか、単に王太子の愛情を繋ぎ止めたくて托卵を計画したのかはわからないが。

 

 両陛下はすぐにリリアとその子供を密かに始末しようとしたが、それを宰相であるお父様が止めた。

 そろそろルーモアが王太子として相応しいのか、今後国王となって務まるのか見極める最終局面にきていると。

 今愛人とその子供との関係をないものとしたからといって、それで済む話ではない。

 自分で過ちに気付き、それを修正しようとするならば、家臣として協力は惜しまないが、もしそれができないのならば、国王として正しい判断をして欲しい。

 はっきりと口にはしなかったが、陛下が誤った判断をしたら、こちらにも考えがあるという旨を伝えた。

 

 陛下は真っ青になって頷いていた。そしてさすがにそろそろ潮時だと思ったらしく、陛下自ら次期王太子の準備を始めた。

 正直なんて図々しいのだろうと私は思った。陛下は一度捨てた、いや闇に葬ろうとしたもう一人の息子をルーモアの後釜にしようとしていたのだ。

 私の父が止めていなかったら、引き取らなかったら、今この世にいなかった自分の息子を。

 王位継承権を持つ者は他にもいる。それにも関わらず、陛下は自分の血を引く子供だという理由だけで、彼に王位を譲りたいのだ。

 

 もっともその息子が、ルーモアや他の王族よりも国王に相応しい人物だということは、誰よりも私がわかっているのだが。

 なにせ生まれたときから兄妹のように育ってきたのだから。

 おそらく父は、こんな日が来ることを予見していたのだろう。

 世間的には使用人だったが、隠れて彼には帝王学まで学ばせ、厳しく教育してきたのだから。

 まあ、宰相として同じようにルーモアにも厳しく王太子教育を指示してきたのだが、本人の持って生まれた資質なのか、国王夫妻が甘やかしたのか、あんな出来損ないになってしまったのだが。

 

 

 こうして国王陛下夫妻、宰相である父、そして側近達も余計な口を挟まずに、王太子の動向を静かに見守っていたのだ。もちろん私も。

 そう。彼にはやり直すチャンスがちゃんとあったのだ。

 学園を卒業する半年前から結婚の準備が始められ、さらにその半年後の今日結婚式を迎えるまで、時間はたっぷりあったのだから。

 それを捨てたのは彼自身だ。彼に同情するつもりは全くない。

 

 将来国王になりたいのなら、一旦はきっぱりとリリア嬢と別れて私と結婚し、跡取りの息子が生まれたら、彼女を側室でも愛人にでもすればよかったのだ。

 そしてもしリリア嬢だけを本気で望むのならば、廃嫡覚悟で私との婚約を解消すれば良かった。

 ところが、彼はまるで我慢のできない子供のように、自分の欲しいものを全て欲しがった。

 しかもそのための時間を取らず、準備もせず、戦略も練らなかった。

 

 王座に、愛する恋人に、子供。そして自分に代わって仕事をしてくれるお飾りの妻に、嫁の父親の後ろ盾。

 考えが全て自己中心的で、それで上手く行くと本気で思っていたなんて信じられない。

 周りが見えていないどころか、自分の立ち位置さえわかっていない愚か者だ。

 

 彼は国王の唯一の息子だから、自分しか跡を継ぐ者がいないと高を括っていたのだ。

 

「他にも王位継承権を持つ方がいるのだから、身を引き締めてください。貴方の王太子の座は安泰ではないのですよ」

 

 私がいくら忠告しても、それは彼の心には届かなかった。

 

 政略結婚なのだから、ルーモアに他に好きな人ができても仕方ないと私は思っていた。

 だから彼が王太子でいたいのならば、婚約者の私とせめて仲の良い振りだけをした方がよいのでは?と彼のために言ってあげたのにもかかわらず、

 

「そんなに僕にかまって欲しいのか? 

 残念だが君は僕の好みじゃないんだ。

 一生好きにはなってやれないと思う。

 だから諦めてくれ」

 

 と斜め上からの発言をされてうんざりした。誰があなたのようなバカでクズな男なんか好きなものですか。

 幼い頃から両親に滅私奉公の精神を叩き込まれてきたから、あなたなんかの婚約者を続けているのよ!と叫びたかった。

 

 いや、実際に侯爵家の地下倉庫の中で叫んでいたわ。

 あそこはまるで防音室のように、中の音が外に漏れなかったから。

 それを教えてくれたのは、幼なじみのリールズだった。

 彼も幼いときに辛いときや悲しいときはそこで一人で泣いていたらしい。

 

 十三歳でルーモアとの婚約が決まったときは、本当に悲しくて大声で泣きたかった。

 でも人前で私が泣いたら、家庭教師のカーザ先生が両親に叱責されて解雇されてしまうと考えて、私は必死に我慢していた。

 

 カーザ先生はまだ若いのに、父親を早く亡くされて、家族のために必死に働いていた女性だったから、職を失わせたくなかったのだ。

 それに、彼女を姉のように慕っていたし。

 だから私は泣きたいのをグッと我慢していた。そのことに気付いたリールズが、その地下倉庫のことを教えてくれたのだ。

 

「俺が廊下で見張っていてやるから、ルリルナはそこで思い切り泣けよ。

 辛いことを溜め込むと、余計辛くなって、ろくでもないことばかり考えるようになるからな。

 生きてりゃ辛いことはいっぱいある。だけど、未来なんてどうなるかわからないんだから、簡単に諦めるな」

 

 あのときの言葉は別に今日のことを予測していたわけじゃないだろう。

 彼も自分の出生の秘密など知らなかったのだから。そう。私達が両親からその秘密を知らされたのは学園に入学する直前だったのだ。

 けれどそれを知った後も、彼も私も誰かを嵌めたり貶めようとしたことはない。

 ただ愚直に滅私奉公に励んできただけだ。

 そしてその結果、私達の未来は彼の言葉通りに変わったのだ。しかもそれは激変だった。

  

 

 ✽

 

 

 婚約後、私は王太子に無視され、周りから嘲りと哀れみの目を向けられながらも、学園に通いつつ王宮で厳しいお妃教育を受けた。

 リールズも学園の騎士科に入ってトップの成績をとって、学生のうちから近衛騎士見習いに抜擢され、王太子ルーモアの護衛を任されていた。

 そんな辛くて大変な学生時代も二人で励まし合い、愚痴を言い合うことができたからこそ乗り越えられたのだ。

 

 私達は自分の運命をただ恨むのではなく、未来は誰にもわからない、と微かな希望を抱いて、精一杯今できることを頑張ってきただけだ。

 その結果、叶うはずのなかったその夢が現実になったのだ。

 

 そう。ルーモアと私の結婚は無効になり、その一月後、私は新しい王太子になったリールズと婚約を結んだのだった。

 

 

 

 ✽✽✽

 

 

 

 婚約した翌日、私は婚約者となったリールズと共に、王城の地下にある貴族牢に向かった。

 ルーモアはリールズを見て驚いていた。そりゃあそうだろう。自分の顔に瓜二つの男が目の前に立っていれば。

 自分には双子の弟がいて、その弟が新しい王太子になったことはすでに聞かされてはいただろう。しかし、実際に目にするとやはり驚くだろう。

 

「よく殺されずに今日まで生きてこられたな」

 

「殺されかけましたよ、生まれてすぐに。双子は縁起が悪いから殺せと国王の命令で。

 でもリイスポン侯爵に助けられたのです。

 ただでさえ王族男子の数が少ないのだから、いざというときのためにスペアとして生かしておくべきだと。

 実際に五歳までの子供の生存率って結構低いですからね。

 そして俺は侯爵家の使用人夫婦の子供として育てられたんですよ。もちろん変装させられてね。

 

 七歳のときに一度国王陛下に引き取られそうになったそうです。陛下が熱病に罹って子種がなくなり、今後子供を作れなくなったので、貴方一人では心許なくなったのでしょう。

 陛下は愛する王妃との子供に王位を譲りたいと頑なに思っていますからね。他の王族なんかに絶対に譲りたくないようですよ。

 王妃との結婚を反対されたからだそうですよ。執念深いですね。

 しかし、正式に息子だと公にするつもりがないなら渡せないと、リイスポン侯爵はその申し出を拒否してくれたのです。

 双子を忌み嫌ってカタワレを躊躇なく殺そうとしたくらいなのだから、俺を引き取っても、人目につかないようにこっそり育てて、もし需要がなかったらそのまま処分する気なんだろう。そう閣下は考えたからだそうです。

 まあ、その読みは当たっていたと思いますよ。

 なにせ今回俺を王太子にするときも、最初は貴方と入れ替えてそれで済まそうとしたみたいだからね。

 まあ、今回も侯爵閣下から、

『彼を本名で呼ばれないような王太子にしたら、真実を全て公表しますよ』

 と脅されて、陛下はいやいや諦めましたけれどね。

 本当に彼はゲス野郎ですよね。貴方にそっくりだ」

 

 リールズの話を聞いてルーモアは目を丸くした。そして、彼の声を聞いてようやく気付いたようだった。

 

「その声……まさかお前は俺の護衛をしていた男か? 名前は……」

 

「学生時代からずっと自分の護衛をしてくれていた者の名前も覚えていなかったの? 

 やっぱり最低ね貴方は」

 

「改めて自己紹介します。私の名前はリールズ=ドット。いえ、王太子になってからは家名がオールズローと変更になりました。

 リールズというファーストネームは、リイスポン侯爵がつけてくれた大好きな名前です」

 

 そう。陛下はご自分のお子様に名前さえ付けずに手放した。つまり最低限の親の義務さえ怠ったのだ。

 

 ルーモアは暫く呆然としていたが、やがてこう言った。

 

「ルリルナ、自分だって不貞をしていたくせに、よく私とリリアとの交際を咎められたな」

 

「私達を貴方達と一緒にしないでください」

 

「俺達は互いに思い合っていましたが、あの日までその思いを言葉にも態度にも表したことはありませんでした。

 人としてそれくらいの倫理観は持ち合わせていますからね、貴方とは違って。

 幼なじみとして、友人として節度ある付き合いをしてきただけです。

 

 俺が今回ルリルナと婚約することになったのは、貴方が廃嫡されて俺が王太子にならざるを得なくなったからに他ならない。

 それにルリルナが王太子妃になるのは王家だけでなく、臣下や国民の念願だったからだ。

 貴方はそんな人々の思いにも気付かずに、ルリルナを蔑ろにしてあのリリアを側に置こうとした。それが破滅した原因だ」

 

 リールズはこう異議を唱えたが、私は彼の最後の言葉に少しだけ訂正を入れようと口を出した。

 

「破滅の原因はリリア嬢を側に置こうとしたことじゃないわ。そもそも私だって貴方との白い結婚を心の奥底では望んでいて、実際にその提案をされて飛び上がるほど嬉しかったのですもの。

 でもね、私は以前から言っていたでしょ。側室や愛妾を何人持ってもかまわないと。

 ただし、愛情はなくても皆平等に接することが可能な人数だけにしてくださいね、と。そうしないといざこざの元だし、相手の方を不幸にしてしまうから。

 それなのに貴方は私一人とさえ仲の良い振りができなかった。いいえ、わざとしなかったのかしら?

 貴方の王太子という地位は、私の父の後ろ盾があったからこそ成り立っていたというのに。

 王妃殿下は力のない伯爵家の出身で、後ろ盾がなく貴方を守ることができない。

 だからこそ陛下は私との婚約をゴリ押ししたのに、貴方はそれを全く意に介さず、我がリイスポン侯爵家を蔑ろにし続けた。それが破滅の原因でした。

 まあ、途中でようやく気付いて私との婚約破棄は止めて、形だけの夫婦になろうとしたのでしょうが、彼女が産んだ子を後継にしようとしたことで全てが水泡に帰しました」

 

「私は父のように一人の女性だけを愛する男になりたいとずっと願ってきたんだ。

 愛人を沢山持ってあちこちに子種をばら撒く、そんな不誠実な貴族達みたいにはなりたくなかったんだ」

 

 ああ、やっばりこの人は父親の影響で王族として間違った価値観を植え付けられてしまったのだな、と私は納得した。

 

「陛下の考えそのものが間違いなのです。

 国王が未来永劫自分の子に跡を継がせたいのならば、一夫一婦制では無理なのです。

 必ず子が生まれるわけではないし、生まれてもその子が無事に育つとは限らないのですから。そして国王としての能力があるかどうかも。

 それなのに、陛下は他の王族を冷遇した上に、側室を持つことも拒否しました。

 しかもようやく授かったお子様も、双子は縁起が悪いからというくだらない迷信のために、後からお生まれになった子を、気を失っていた王妃殿下に内緒で殺めようとした。

 母親である王妃殿下にも内緒で、子供を殺そうとすることが本当に誠実な態度なのですか?

 そしてその後ご自分の子種がなくなったと知った途端、手のひらを返したように父に感謝していたそうですよ。スペアを残してくれてありがとうと。

 今さらですが、国王は愚かな上に倫理観がなさ過ぎですよね。

 

 西の国の国王は、最大六人まで妻を持てるのだそうです。とはいえ、もちろん歴代の王が皆六人の妻を持っていたわけではありません。

 彼らは自分が守れると思う人数だけ妻にするのだそうです。

 なぜなら妻を娶ったら皆平等に大切にしなければ、男として軽蔑されて周りから信用されなくなるからです。

 だから、自分の力量に合わせて妻を娶るのです。

 え? ずいぶんと女好きですって?

 違いますよ。ほとんどの妻は大きな部族の娘です。

 西の国はいくつかの部族によって成り立っているので、その結束を守るために婚姻関係を結んでいるのです。

 もちろん、部族内の女性から好みの方を選ぶことはできるかもしれませんが。

 そして正妻や側室や愛妾などの序列はないそうです。

 

 もちろん部族からは妻を娶らずに、力でその部族を支配した方もいたでしょう。それは王自身が決断してその責任も負います。

 彼らは上に立つ者として個人的な感情を捨てているのです。

 いえ、そもそも個人の思いを優先するような者は国王になれません。

 王族の血を引く者は他にもたくさんいるのですから」

 

 私はルーモアと婚約した直後、宰相をしていた父と共に西の国を訪問したことがあった。

 王宮に招待されて、その建物の大きさとともに、そこに住む王族の人数の多さに驚いた。

 一夫多妻という制度は知っていたが、実際目にすると抱いていたイメージとはかなり違っていた。

 そして和気藹々と暮らしている王家の方々を見ていて、自分の偏っていた認識を改めた。

 一夫一婦制を取り入れている自国は先進的な考えをしていると誇らしく思っていた。

 しかし、政略結婚がほとんどの我が国では、王族でなくても愛人を持つ者も多く、蔑ろにされた妻や愛人によるいざこざも少なくない。そう兄弟達の争い事も。

 当主が家をまとめ切れないのだ。妻任せにして愛人や庶子の問題が解決できるわけがないのに。

 私は自国の男の覚悟の無さに失望し、西の国の王族に敬意の念を抱いたのだ。

 

 そして王太子との結婚に対しても、ようやく私は覚悟ができたのだ。王族になるのだから私の感情よりもまず、公を優先するのだと。

 そう考えるとずいぶん気持ちが楽になった。

 だから私はルーモアに思い人ができたときに言ったのだ。

 王族の覚悟を持ってリリア嬢と付き合ってくださいね。そして、もし私との婚約解消を望まないのなら、二人とも平等に扱ってくださいね、と。

 しかし彼は、自分の愛するリリアと同等に扱えなどと、なんて厚かましくて図々しい女なんだろうと思ったらしい。

 護衛をしていたリールズにそう憎々しげに吐き捨てていたそうだから。

 ルリルナの思いも知らず、言葉の意味も理解できないバカ男を殴りたい衝動に駆られて、それを抑えるのが大変だったと、後になってリールズは語っていた。

 

「貴方が自分の置かれている状況と立場をきちんと説明した上で、将来どうするつもりなのかをちゃんと伝えておけば、彼女は不安にならずにすんだでしょうに。

 そして、貴方を引き止めるためだと、あんな馬鹿な真似をすることはなかったのではないの?」

  

「不安だから私以外の男達と関係を持ったというのか!」

 

「彼女はそう証言しているそうですよ。

 別に子供を王位に就けたかったわけではない。貴方に棄てられたくなくて、関心を引くために子供が欲しかった。

 でも貴方とでは妊娠しなかったから、貴方に容姿の似ている複数の男性と関係を持ったと。妊娠するためだけに」

 

「なんて愚かな! 

 愛していると何度も口にしていたし、君だけを愛していると言っていたのに、簡単に裏切るなんて!」

 

 しばらく興奮して喚いていたが、やがてこう訊いてきた。

 

「彼女の処分はどうなったんだ?」

 

「これからです。まず貴方の処分を決めてからだそうですよ。

 まあ、俺達がここに来たのも、貴方の希望をお訊きしようと思ったからです」

 

「へぇ〜、私の希望が通るの? 意外だね。しかも、王太子殿下がわざわざ?」

 

 ルーモアは皮肉たっぷりにこう言った。

 しかしリールズは普段通り淡々とこう言った。

 

「貴方には三つの中からどれか一つを選んでもらいます。他に選択肢はありません。

 

 まず一つ目は、毒杯を受ける。

 これはすぐに楽になれるのでお勧めです。

 二つ目は、リリアと彼女が産んだ子供と三人で西の離宮で生涯過ごす。

 愛する人と子供と誰にも邪魔をされずに暮らせます。

 ただし自給自足が基本で離宮からは出られません。

 三つ目は、容姿と名前を変えて別人になり、西の国の駐在員として働く。

 つまり西の国と我が国とのパイプ役をすることです。 

 もちろん守秘義務が課せられ、破ろうとすると舌が抜かれる魔法をかけられます。

 赴任後に辞めたり、他国へ移住することも可能ですが、帰国は認められません。見つかり次第処刑されます。

 で、どれにしますか?」

 

「私が二つ目以外を選んだ場合リリアはどうなるのだ?」

 

「本来彼女は国家転覆罪で処刑されるところですが、彼女は進んで自分の息子を国王にしようと画策したわけではなく、貴方が勝手に決めたことのようなので、ただの詐欺罪ですね。

 托卵の罪で。これも王太子に対してだからかなり重いですね。

 後は犯罪というより慰謝料ですかね。婚約者がいるのをわかっていて不貞したのですから。

 まあ、彼女の家が支払うのでしょう。

 貴方は病気のために廃嫡されたと発表されたので、正式な裁判が開かれるわけではありません。

 それ故に、実際は彼女の罪は問えませんが、彼女のしたことは周知の事実です。

 ルリルナを貶めたということで世間から白い目で見られ、おそらく貴族社会の付き合いは不可能になるでしょう。

 ですから子爵家は、近いうちに没落して爵位を返上することになるでしょう。

 

 彼女も家族と共に平民落ちですかね」

 

 リールズの説明を聞いてルーモアはしばらく考え込んでいたが、やがてこう言った。

 

「ルリルナ、君はさっき男には覚悟が必要だと言ったが、生憎私にはそんなものはない。

 つまり自害する覚悟も、私を裏切ったリリアやその子供と暮らせる覚悟もない。

 だから三つ目を選ぶよ。

 顔と名前を変えさせられ、この城を追い出され、どんなに苦しくて惨めでも生き抜かなければならないだろう。

 リールズ、お前もこれまでそうしてきたのだから。

 今さら願い事をできる立場ではないことはわかっているが、私が支払うべき慰謝料は、父から取り立ててはもらえないだろうか。

 そして、私の資産はリリアの家族に渡して欲しい。私達二人が罰を受けるのは当然だが、あちらの家族ばかり制裁を受けるのは理不尽な気がする。

 彼女の両親は王家と縁を結びたいと考えていたわけじゃなく、ただ私に逆らえなかっただけなのだから」

 

「わかりました。陛下に支払ってもらいましょう。

 そもそもの原因は陛下なんですから。父に頼めばなんとかなるでしょう。

 貴方の資産の件も相談してみるわ」

 

 私の返事にホッとしながら、ルーモアは視線を私からリールズに移してこう訊いてきた。

 

「お前はルリルナと結婚した後、もし子供ができなかったら側室や愛人を持つのか?」

 

「いいや、持たないよ。俺は物心ついたころからずっとルリルナだけを愛しているからな」

 

「それじゃあ、父や私と同じじゃないか。王族としての覚悟はどうしたんだ?」

 

「覚悟ならあるさ。俺は直系の血筋など気にしない。

 自分の子供が生まれなければ、他の王族、あるいは王家の血を引く者達の中から国王に相応しい人間を見つけて教育を施すよ」

 

「そうか。私もそうすれば良かったんだな。さもなければ、私が王族を抜ければすむ話だったんだよな。やはり覚悟が足りなかったようだ。

 しかし、私を別人に顔を変えると言っていたが、やはり子ができないように処置もするのだろう?」

 

 ルーモアの質問に私達は顔を見合わせた。

 答えづらい質問をされてしまった。私は下を向き、リールズに無言で依託してしまった。

 彼は仕方ないとばかりに小さくため息をついてからこう言った。

 

「処置する必要はない。

 ここに入る前に身体検査をしただろう?

 あのときに、貴方には子種がないことが判明している。

 だから、わざわざ処置する必要はないそうだ」

 

「えっ?」

 

「国王陛下に子種がないことは当然貴方も知っているよね?

 陛下が子種を作れない体になったのは、昔高熱を出したせいだということも。

 そして貴方が覚えているかどうかは知らないが、陛下が高熱病にかかったのは、実は息子にうつされたからなんだ。

 つまり、貴方も子供のときに高熱病にかかっていて、そのときに生殖機能を失くしたみたいだ」

 

「!!!」

 

 

 

 ✽✽✽

 

 

 

 その後ルーモアは元の顔が全くわからないように整形された。

 しかし、いざというときには彼の正体がわかるように、腕に特殊な入れ墨を彫られて、西の国へと旅立った。

 

 リリアの家は私に慰謝料を支払った後で、爵位を返上して平民になった。

 しかし、こっそりルーモアの個人資産が贈られたので、それを元に商売を始め、そこそこ暮らしていけるようになっていた。リリアの子供も彼らに育てられている。

 ただし不貞をした上に、何人もの男性と関係を持ったリリアを家族は許さなかったために、彼女は修道院に入った。

 

 そして国王陛下だが、ようやく天罰が下ったようだ。

 陛下は最愛の妻である王妃から見捨てられないように必死だ。

 もう執務などにかまっていられなくなり、王太子になったばかりのリールズにサッサと王位を譲って、半年後には王都の外れにある離宮へ妻と共に移ってしまった。

 

 王太子としてまともな披露目をまだしていないうちに、リールズは国王になってしまった。

 これには宰相以下大臣や王城で働く人々も呆れた。

 しかし、あんな脳内お花畑の国王などいらないと皆もサッサと頭を切り替え、新国王の下で一致団結した。

 

 とはいえ、前国王のせいで私との結婚式が延期となったことに、リールズはひどく腹を立てた。

 あの男はどこまで自分の人生を振り回し、幸せを邪魔するのだと。

 だから彼は、元国王が城から出て行くときに、最後にこう呪いの言葉を吐いた。

 

「あんたのようなクズを本気で愛してくれる人間などいない。

 真実を知った彼女の心があんたに戻ることなど、絶対に有りえない」

 

 と。

 

 元王妃殿下は、あの結婚式の夜に起こった出来事で、初めて真実を知ったのだ。

 自分が双子の男の子を産んだこと。

 生まれてすぐに後から生まれて来た子が夫によって殺されかけたこと。

 その子を宰相に預けた夫は、その後は一切関与しなかったこと。

 実の弟が兄の護衛になったことを知りながら放置したこと。

 上の子が問題を起こしても、息子を教え導くこともせずに放置したあげく、あっさりと見捨て、図々しくも捨てた弟を、勝手にその身代わりにしようとしていたこと。

 

 王妃は確かに国王同様に脳内お花畑だったかも知れない。

 しかし、人並みに母性は持ち合わせていたのだ。

 だから、自分の子を殺そうとしたことや、放置し続けたことは許せなかった。そして母親の自分に隠していたことも。

 

 彼女は真実を知ったとき、息子に泣いて謝り続けていた。

 それを見て、リールズは心の中にずっと残っていた氷の塊が溶け出すのを感じた、と言っていた。

 しかしすでに許すとか、もういいだとか、名乗れて嬉しいとか、そんな感情はなかったので、言葉はかけずに、彼女を優しく抱きしめたと彼は言っていた。

 

 そして最初は何も知らなかった彼女を責めるつもりなど全くなかったらしい。

 ところがその後、なぜ教えてくれなかったのだと、彼女が父や私を責め始めたので、リールズは黙っていられずにこう言ったのだ。

 

「彼らは俺の命を守るために黙っていたのです。あの人の気分次第で俺の生命など吹き飛んでしまうのですから。

 文句を言うなんて筋違いです。

 そして実質この国をこれまで支えてきてくれた侯爵家の皆様方に感謝すべきです。

 特にルリルナは貴女の分まで、この国のために尽くし励んできたのですよ。

 まさか、それを知らなかったわけではありませんよね?」

 

 元王妃殿下は泣き顔のままポカンとしていた。未だに気付いていなかったみたいだった。

 私が学生時代から、お妃教育というの名の下で、王妃がすべき公務や実務処理を、前王妃殿下とともにこなしていたということを。

 前王妃殿下亡き後も、自分はただサインをしていただけだったということも。

 やはり彼女もまた夫同様に脳天気な性格だったようだ。

 

 しかしまあ、そのおかげ?で、王妃殿下がいなくなってもほとんど困らないのが実情だ。

 それに、国王の個人資産からも慰謝料をもらえたので、それを元に投資をしたり、修道院とは別に、男性に虐げられた女性と子供の逃げ場になり、しかも就労支援までできる施設を作る計画を始めた。

 

 もちろんそれと同時に、家族法なるものの制定に向けて勉強会を始めた。

 まずはこの国の男女の意識の改革をしなければ。

 貴族に西の国への研修を義務付ければ、特に男性の方々は気付くのではないかしら? 

 常識なんて時代や国で異なるものであり、変わって行くものなのだ、ということに。

 地下資源の豊富な西の国との交易もこれからますます盛んになるだろうし……などと勝手に黙考している。

 おそらく私が考えていることくらい、新しい国王陛下と宰相のお二人もすでに思案しているとは思うけれど。

 

 それにしても、やっている仕事の内容やその立場は、ルーモア王太子の婚約者時代とほとんど変わらないというのに、今はどうしてこんなに楽しいのかしら?

 やっぱり義務感でやっているのと違って、自らが考えて仕事を見つけているから楽しいのかしら?

 そういえば西の国の王宮に呼ばれたとき、女官の皆さんがみんな明るく楽しそうに仕事に励んでいる様子に目を見張ったわ。

 自分の周りでは見ない姿だったからだ。

 不思議そうな顔をして眺めていた私に、彼女達はこう言った。

 

「心から尊敬し愛する方々のお世話ができるのは、とても幸せで楽しいですわ。

 それにそれは仕事でも家庭生活でも同じだと思いますよ」

 

 そうか。

 今楽しいのは、好きな人のために働いているからだったのか。

 彼の役に立ちたくて、どうしたら彼のためになるかを考えて、自分で考えて仕事を見つけていたから仕事が楽しかったのか。

 そして彼が喜ぶ顔が見られたから嬉しかったのか。

 以前は貴族の義務だからと、仕方なくこなしていたから辛かったのか。

 このとき私は、リールズへの思いがこんなにも大きくなっていたことに、ようやく気が付いたのだ。

 

 元々兄妹のように育ってきた彼のことは誰よりも好きだった。

 しかし、彼と婚約したのはこの国のため、貴族の娘としての義務だと思っていた。

 自分がその役目を下りたら、これから王妃候補を選別し、お妃教育を一から施さなければならない。

 後何年かかるかわからない。この非常時にそんな悠長なことはしてられない。国が滅んでしまう。

 宰相である父も各大臣も貴族議会の議員も、そして私自身も自分が王妃になることを当然だと思っていた。

 リールズだってごく自然に、

 

「これからよろしく。頼りにしてるよ」

 

 なんて言っていつの間にか指輪を用意していたし。

 だけど地下の貴族牢で彼は言っていたじゃない。

 

「側室も愛人も持たないよ。俺は物心ついたころからずっとルリルナだけを愛しているからな」

 

 はっきり私を愛しているって言っていたわ!

 そんな大切な言葉を聞いたというのに、なぜ私はリールズに愛されているのだと自覚しなかったのかしら?

 信じられないわ!

 

「何が信じられないんだい?」

 

 私が脳内でパニックを起こしていると、突然背後から声をかけられて、私は誇張表現ではなく飛び上がった。

 どうやら私は、今の言葉を口に出していたらしい。

 

「えーっと…… この仕事の量?」

 

「ああ、全くだ。ふざけてるよな。

 婚約してから一年以上経つのに、まだ一度もデートしていないんだぜ。信じられないよなあ?

 もう、そんな仕事放ってさ、昔よく行った近くの湖まで早駆けしようぜ。 

 いや、俺の馬に一緒に乗ってのんびり行こうぜ。もう子供じゃないんだしな」

 

 リールズの提案はとても魅力的だった。新緑の森を抜けた先にある、あの透明度の高い美しい湖は最高だわ。

 でも、今は無理ね。書類の山を見てそう思った。

 

「そうしたいのは山々だけれど、この状況だと無理ね。早くこの山をなくさないと」

 

「君ってさ、本当に責任感が強いというか、義務に忠実っていうかさ。

 少しは手を抜くことを覚えた方がいいぞ。

 それにさ、一週間後には結婚するんだからさ、その……もっとその婚約者同士というか、恋人らしい時間を少しは作っておいた方がいいんじゃないか? 

 幼なじみから突然夫婦になるって少し切なくないか?」

 

 やっぱりリールズは義務だとか立場上しかたないから、定めだから……そんな理由で結婚しようとしているわけじゃないとわかって、今さらだけれど、私は本当に嬉しかった。

 そしてそれと同時に鈍すぎて、恋人として振る舞えなかったことを申し訳なく思った。

 誰かから女性として愛されるだなんて私にはないのだと、あの男との婚約関係を続けるうちに思い込んでいたようだ。

 でも、結婚してから恋人同士みたいな関係になってもいいじゃない?って今の私は思う。

 彼とならこれらもずっと愛していけると思うから。

 

「ねぇリールズ、貴方何か勘違いしているみたいだけど、私は国王の婚約者だからって義務感と責任感だけで仕事をしているんじゃないのよ。

 私はね、貴方を愛してるから、貴方の役に立ちたいから仕事をしているのよ。

 だから嫌々しているわけじゃないの。寧ろ楽しいしとっても幸せなのよ」

 

 私の言葉に彼は目を丸くした。

 かなり驚いている。そんなに意外?

 そうよね。愛しているなんて初めて言ったものね。

 抱き合って口付けだって交わしていたというのにね。

 

「結婚式を挙げたら十日ほど休みがもらえるでしょ? 

 そのときに心置きなく貴方とゆっくり過ごしたいから、今この書類の山と格闘しているのよ。

 だから貴方も貴方の仕事をちゃんと終わらせてね。後で呼び出されて、二人の時間を邪魔されたくはないから」

 

 私は椅子から立ち上がった。

 そして背伸びをすると、生まれて初めて自分から婚約者に口付けをした。

 彼は目を見開き、そして珍しく顔を真っ赤にさせた後、私をきつく抱きしめて、今度は彼の方から熱烈な口付けをしてきたのだった。

 珍しく、甘く優しく愛の言葉を囁きながら。

 

 読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ