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01 先に告ったら負けだよね。

 私の名前はヴェンデッタ。意味は復讐。


 娘になんて名前つけてるのと言いたい気持ちは分かる。私も時々そう思うもの。でも、一応これには理由がある。


 うちの父はクレスト領、農貴族の三男。酪農を好き好んでやっている貴族出身である。


 そしてうちの母は政貴族の息女。れっきとした上級貴族だ。


 家のランクで言えば当然母の方が上。でも、母が父に一目惚れをしてしまったもので、母は父方の家の嫁となる。


 で、ここからややこしいのが、父は母に対し「好きになったのは君だろ?」と口癖のように言うのだ。


 だが負けてない母は「この下流貴族出が!」とめちゃくちゃなことを言う。


 そう。双方ともにプライドが高いのだ。


 そして恐らくいちばん厄介なのが、それでも相手に対してゾッコンだということ。結婚して数十年たとうが、未だに夜の大運動会は開催中だ。


 当然その最中もボロカス言い合っている。愛し合いながらボロカス言っているのだ。一周まわって変態だ。


 イメージとしては、ドSとドSがなにかの間違いで結婚してしまったみたいな事だ。


 まあ、私としてはこの歳、つまり十七歳になるまで無事に愛して育ててくれたので文句は無い。


 名前以外はね。


 お察しかもしれないけど、この名前はふたりが愛し合いながら罵りあっている時に生まれた名前だ。で、結果として私が生まれたってわけ。


 まあ、復讐なんて名前を娘につけるところはホントのホントにろくでもないけど、最近は唯一無二の名前だなと前向きに考えている。


「ヴェンデッタお嬢様、お休みの時間ですよ」


 声をかけできたのは侍従バレットのセルン。


「寝る前に髪をすいてくれるかしら」

「仰せのままに」


 十年前、母の父上──つまりおじいちゃんが、戦地で敵方の捕虜をとってきた。けれどその子は剣も使えないわ言葉も通じないわで、結局うちのお手伝いとして住み込みで働くことになった。今は私の侍従バレット


「お嬢様、最近いつお風呂に入られましたか?」

「あら。香練は使っていますけれど」

「いえ。でしたらなにも」

「なによ、歯切れが悪いわね」

「結構、臭いです」


 私は彼のすねを蹴飛ばした。


 私が最近名前のことで悩まなくなったのは、この少し年上の侍従バレットの口が悪いからだ。そっちの方が問題でしょうよ。主人に対して臭いって……。


 顔はいいのだ。ちょっと褐色なせいで執事服が似合ってないが、ほりの深さやハリのある肌はとても「良」。

 背だって高くって、なんでもとってくれるし、その長い足で侍女たちの子どもらと遊んでやっているのも、好感度は高い。


 でもこの男、私にだけはひとつも隠さず本音を言う。むかつく。そういうところがなければ身分度外視の駆け落ち結婚でもしてやるくらい素敵なのに。


「なんであなたはそういうところ、治せないの」

「そう言われても、上司に嘘はつけないですから」

「言っていいことと悪いことがあるのよ。わかる?」

「あなたの部屋掃除に骨が折れるとか……?」


 そういうところ!!!!!!


 もう、全くダメだ。この男は多分ずっとこうなんだろうな。……でも多分、これは、私のせいなんだ──。


 彼がお屋敷に来たばかりの頃、私は父と母どっちが好き? という論争の渦中にいた。

 父と母は私からの愛を受けて配偶者にマウントを取りたかったのだろう。でも、私はそれが鬱陶しかった。ふたりして、私のあることないこと褒めたてる。おべっかも使ったり。その時ばかりはちょっと嫌いだった。


 そんなある日、私が普段の品行方正さを崩さないため、夜中に厨房へ忍び込みクッキーを食べ散らかしているのをセルンに見つかった。


「言うほどいい子じゃないんだな」


 口にぱんぱんクッキーを詰め込んだ私に電撃が走った。「この子はおべっかも嘘も言わないんだ」と。


 私はそれが嬉しくて、ほんとに、嬉しくって、彼にこう言った。


「いい事? ご主人様には敬語を使いなさい。それと、嘘をつかないことは褒めてあげるわ」

「はあ」


 きっとその時だ。その時から、セルンは一度も嘘をついていない。だから本当は、私に文句を言う資格などないんだ。


 で、でも、全部が全部本音を言わなくたっていいじゃない……。


 ──と、自分で思ったところある疑念が湧いた。


 コイツ私の事どう思ってんだろう。実は嫌いとか……?


「ね、セルン」

「はいお嬢様」

「私の事好き?」

「どうだと思います?」


 びくんっ。髪を触られながらだから、私は身体を震わせてしまった。


 え、うそ。セルンが初めて誤魔化した……?


 今まで通りなら嫌いなら嫌いって言うだろうし──逆も然り。でも誤魔化すなんて初めてだ。


 私が戸惑っているとセルンが私の耳元に色の良い唇を近づけて囁いた。


「もし仮にお嬢様がそうなのだとしたら、そうなのかもしれませんね」


 !?!?!?


 それって私のこと……。……ん? この感じって、なんか覚えがあるな……。……これ、先に私に好きって言わせようとしてないか? いや、もちろん私は好きだが、いや、ほんとに好きだが、にしてもその言い方、こっちに先に告らせようとしてないか? あ?


 はっ──。そうか! セルンは幼少期を我が家で育った。父と母の泥沼の「どっちがより立場が上か論争」を見てきたのだ。そのせいで……。


「聡明なお嬢様ならおわかりですか」


 身分の高い人間に先に告らせようとしている!!!!!


 て、テメ〜! ずる賢いにも程があるというかねじ曲がりすぎでしょ! 仮に本当にセルンが私を好きだとしても、自分から言ったら負けとか思ってるのかこいつ!!!


 なんてムカつきますの????


「──見くびられては困りますわ」

「お嬢様?」

「ちょっと散歩に行きましょう」

「この夜中に?」

「ええ──大陸東端の街オルフェウスまで」


 そこでセルンはガタッと揺れた。伝わっただろうか。聡明なセルンの事だ。伝わったはず。


「では、今日は遅いですので明日からにしましょう。ご支度前に準備は済ませておきます」

「よろしくね。じゃ、おやすみ」


 これは宣戦布告だ。


 大陸西端のこの領地から東端までは馬で飛ばしても最短一年くらいかかる。その道行きを旅行──否、駆け落ちしようと暗に提案したのだ。


 その到達が期限。それまでに告白をした方が、負け。そう、私だってあの両親の元で育ったのだ。こじらせているに決まっている!


 駆け落ちをして、そして意識させて、告らせる。


 ──ふふん、あのセルンが、自分から告白してくるのをじっくり待ってやろうじゃないか。国が豊かで、ちょうど暇していたんだ。これくらいしてもいいよね。


 明日から、ゲーム開始。ぜったい、勝つんですからね!?

貴重なお時間を割いてお読みいただき誠にありがとうございます。


お気に召しましたらご評価いただけますととても嬉しいです……!


ご意見・ご感想もいつでもお待ちしております。

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