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2話 勇者オリオ後編


 次の日。

 俺は黒々とした世界で顔を上げる。


 俺の隣にはミリア、ロロリア、カルネ。そしてミージェル。

 視線の先、見上げる顔の向こうにあるのは、大きな城だ。


 黒々とした黒曜石の城で造られた暗黒の城塞。

 空には暗雲が立ち込め、所々赤い煙が渦巻く。

 地は割れ、大きな穴が奈落へと繋がり、宙に浮いた大地にその黒城(こくじょう)は聳えていた。


 「ここが魔王城」


 思わず息を呑む。

 だが、俺は口元に笑みを湛えた。


 「行くぞ、皆!」

 「で、でもオリオ……」


 不安そうなミリアの肩を抱いて俺は彼女を見る。


 「大丈夫だ。俺がいるだろ!」

 「オリオ……」


 ちょろい物だ。少し声を掛けるだけでミリアは安心しきった表情を浮かべた。

 それは他のミージェル以外の二人も同じだ。

 手を合わせ、まるで神を崇めるように俺を見上げ、身体をくっ付ける。


 なあに、本当に大丈夫さ。

 俺は最強最高の勇者様なのだから。

 女たちの肩を抱いて、勇者オリオは最後の戦いへと挑むのだ。



    ◇



 赤い絨毯の廊下を俺達は走る。

 右から骸骨(スケルトン)。左から翠のぐちゃぐちゃ人食い(グール)

 沢山の魔物が襲い掛かってきたが、俺は手に持つ魔剣を振り上げて突き進む。


 魔王城に居るはずの魔物たちだが実に弱くて話にならない程に簡単だ。

 さすが、俺だ。剣を振るだけで魔物たちは微塵と化して塵と化す。


 「凄い、流石ねオリオ!」

 「素晴らしいですわ!」

 「大好き!」

 「……オリオ、魔物が弱すぎる!何か変だわ?引き返しましょう!


 周りの女達も俺を賛美する様に声を上げ、敬う応援を投げかかる。

 当たり前の賛美だが、実に心地よい。

 

 煩いミージェルを無視し、

 魔物たちを切り倒しながら一気に突き進む。


 走り走ってどれだけ走ったか、俺達は1つの大きく開かれた広間へと足を踏み入れた。

 そこはおそらく謁見の間だ。


 血のような絨毯が何処までも広がり、巻き付く蛇をイメージされた黒々しい柱。

 ボロボロのカーテンが壁を飾り、ボロボロの画が所々に飾られている。

 嫌に重圧感が犇めく、正に王の館。


 その奥には誰も座っていない金色の玉座が鎮座する。

 ただ、玉座の前には男が二人。

 

 片や手に黒いナイフ。片や手に黒い見たことも無い形の剣をもって佇んでいた。

 どうやら俺達を待ち構えていたようだ。


 それも、2人とも俺には、俺達には見覚えがある。


 「グレイ!」

 「アーデルド!」


 ロロリアとカルネが叫ぶ。

 ああ、そうだ。あの男たちは、俺が追放した盗賊と出来損ないの二人だ。


 「此処で何している?」


 二人を目に映して俺は察しが付いて、同時に呆れかえって笑みを浮かべる。

 口元を吊り上げて、心の底から馬鹿にした笑み。


 当たり前だろう?

 だって、こいつらの覚えている顔ときたら、鼻水に涙を垂れ流してしょんべん漏らしながら俺に助けを乞う無様な姿だぜ?実に笑えて来るだろう?


 その2人が何故此処に居るか?ぶっちゃけ、ここも察しが付く。


 「俺に負けて、女盗られて、魔王にへりくだちゃったかぁ」


 負け犬が復讐心から、魔王の配下に堕ちたと言う事だ。実にくだらない。

 そんな事をしたって俺には敵わないのが分からないのか。


 俺は魔剣を構えて握りしめる。

 側に居たミリアたちも同じだ。


 特にロロリアとカルネは実に良い顔を浮かべている。

 まるで虫けらでも見下すかの様な汚物を見るような顔だ


 「最低!」

 「裏切り者!」


 愛した女達2人の罵声。

 《《元》》成り上がりには、堪える言葉だよなぁ?


 俺は地を蹴りあげた。

 グレイとアーデルドだっけ?

 3度も俺に負けに来て実に馬鹿な男達だ。


 負け犬は負け犬らしく地べたにでも這い蹲っているがいい。


 振り上げた剣は2人の首を同時に撥ねるべく降り上げられる。

 一切の迷いは無かった――。


 そのはずだ……。

 二人の身体が軽やかに俺の一振りを当たり前の様に避けるまで。


 グレイの身体が剣の切っ先に掠る事もせず避けた瞬間にしなやかに動く。

 魔剣による一振りをしゃがみ避け、その銀の眼に捉えるは白銀の鎧を纏った俺の腹部。


 ミスリルと言う特殊な鉱物によって創られた鎧は、どんな刃も通すことなく、この世で一番強固と噂されている。

 

 その鎧を、グレイはまるで魚の腹を掻っ捌く様な鮮やかさで横に切り裂いた。

 ミスリルの鎧は一本の線が入り込み、黒いナイフの切っ先は鎧奥の俺の身体。


 肌が裂け、肉が裂け、鮮血が弾き飛ぶ。

 最初は訳が分からず、俺は避けた鎧とはじけ飛ぶ赤い液体を目にし。

 痛いと言うより火傷をしたような熱が身体を襲った。


 だが、腹部に手を伸ばす事は許されない。


 同時にグレイと同時に、アーデルドの身体が速やかに動いたからだ。

 ステップを踏むように後ろに跳び下がり俺の一撃を軽やかにかわした彼は、手に持つ嫌に長い刃物を下から上へと振り上げた。

 

 魔剣に触れる事無く、その横を通り過ぎるように線が一本。俺の両手を横切る。

 途端に手の感触が無くなり、魔剣を掴んでいた手は俺の意思でも無いのに勝手に開くと音も無く、ポロリと、まるでリンゴが木から切り離されたかのように赤い絨毯の上に落ちてゆくのだ。


 分からない。

 なんだこれは?

腹と腕、夥しい血の滝を零しながら俺は呆然と佇む。

 

 腕の良い職人に捌かれた魚は、捌かれた事にも気が付かない。

 

 ごほっと口から血が溢れた時。

 俺はその異常な迄の痛みに漸く気が付く事が出来た。


 「いぎゃああああああああ」


 俺の口から出たのは自分でも身震いし、耳を塞ぎたくなるほどの絶叫。

 片膝を付き、無くなった手を前に、転がり落ちた手だった物の前に俺はただ涙と鼻水を垂れ流し咽び泣く。


 その度口から血が吐き出されたけど、気にする暇も無かった。

 頭にあるのは痛みと恐怖だけで、身体が上手く動かない。


 痛みにも悶え苦しみ、どうして俺が?いまいち状況が把握でき無い中で俺は涙を流した。


 「そ、そうだ……。ミージェル!!ミージェル!!!」


 困惑の中で漸くと頭に浮かんだのは、幼馴染ミージェルだった。

 幼馴染で僧侶。その腕が確かだったから捨てずに取って置いた回復員。


 「はやく……。早く回復魔法を!」


 ありったけに叫ぶ。

 目を血走らせて、穴と言う穴から体液を流しながら彼女に縋る。

 いや、彼女だけじゃない。


 俺の女。俺の仲間。

 金を注ぎ込み、良い装備品をくれてやった女達。


 何をしている。何故助けない。

 何故助けようとしない。怒りで頭が真っ赤に染まったまま振り返る。

 

 「ミリア!ロロリア、カルネ!!お前達も何を――」

 

 だが、その言葉はその瞬間で消えた。

 視界が揺れる。ぐらぐら、ぐらぐらと。

 

 赤い視線の中で、女が4人映った。

 真っ赤な絨毯にそれ以上の赤い液体がじんわりと広がる。


 倒れ込むのは、

 杖を握りしめたまま身体を2つに切り裂かれた女。

 両腕を切り離されたブロンドの女。

 四肢全てが、引きちぎられた形で転がりこと切れるピンクを赤に染めた女。


 その側で、佇むのは黒い女だ。


 真っ白な僧侶の服を真っ赤な液体で染め上げて、口元に張り付けたような美しい笑みを湛える少女。

 手に持つ白銀の大鎌は血が滴り、長細い指が生える手は邪魔くさそうに顔に掛かる眼鏡をはずす。


 おさげを形作るリボンを外して、深緑の瞳を彼女は此方へと向ける。

 瞬間、翠の瞳は瞬く間に金色に変貌し、いつも大人しく俯いてばかりの自身が無さげであった少女の顔は自身に満ち溢れた美女の顔へと変わった。


 「やっぱり駄目でしたねぇ。甘やかしすぎました」


 女、ミージェルは酷くつまらなさそうにボヤく様に呟くと足を一歩前へ。

 ふわりと何処からともなく風が吹き、彼女の血染めの服が舞い上がると瞬く間に白は漆黒のドレス。


 長い黒い髪を後ろに一つに縛り上げ、10㎝は有るんじゃないかと思えるヒールを費用に履きこなしながら、ミージェルは蹲る俺の前へと歩み寄り佇んだのだ。


 金色の鋭い瞳孔の瞳が見下ろす。

 その女を、霞始めた目で俺は改めて……。嫌、初めて見る事となった。


 流れる髪は絹の様に滑らかで。

 陶器の様な白い肌。細長い面長の顔に、筋の通ったスラリとした鼻。

 切れ長の金色の瞳はアンバーの様で、しかしよく見れば瞳の奥には深い緑色が輝く。

 形の良い眉毛に、長いまつげ。

 口元に微かに笑みを湛えた薄くも淡いピンク色の唇を持つ、息を呑むほどの絶世の美女。


 鴉の様な黒いドレスを優雅に纏った女が俺の側に立ち、見下ろしていたのだ。

 

 「魔王様!」「パラサフィア様!」


 俺が、何かを言う前に側から声がした。

 眼の端に女の側に駆け寄り、片膝を付く男たちの姿が見える。

 今、なんて言った?


 魔王様……。それに、その名は――。


 「……く、ふふ……」


 男たちの前で女は上機嫌に笑った。

 まるで足元に跪く男たちなど、見えていない様子で金色の瞳は俺を捉えるのだ。


 「――ああ、オリオ、なんていう事でしょう。無様に負けてしまうなんて」


 笑いながら、女は鬱陶しいと言わんばかりに側に居た2人の男の頭を蹴りあげた。

 はじけ飛ぶ鮮血。パンパンに膨れ上がった木の実が爆発したみたい。

 コロコロと俺の足元に転がる、青いガラス玉。


 「――ひ……!」


 訳も分からず俺は声を上げた。

 腰を抜かし身体ががくがく震える。


 そんなのお構いない。

 ついさっきまで、ミージェル……

 俺がそう呼んでいた、艶やかな女は俺の前に身を屈めて、顔を覗かせるのだ。


 「いかがでしたか?勇者ごっこは。楽しかった?それなら良かったのですが?」


 あまりに場違いな声。

 まるで心から今、この瞬間を楽しんでいると言わんばかりの声。


 「貴方が勇者になりたいと子供の我儘を言いましたから、作り上げたのですが……?」


 美しく頬笑みを湛えたまま女が言う。

 

 「でも、失敗ですね。力を上げたとたん貴方は調子に乗って、クズにまっしぐら。私がいくら言っても鍛錬の一つもしないんですもの。折角色々準備したのに全部無駄に終わってしまったわ」


 白い手が俺の頬に伸びて来て優しく撫でる。

 だが、その顔は呆れに呆れが混ざった、どうしようもなく此方を見下した。

 しかし、妙に艶やかな色合いを帯びた熱っぽい瞳。


 「ねえ、オリオ?」


 理解も出来ず、縮こまる俺の前で女が続けさまに口を開く。

 形の良い眉を「ハ」の字に、金の瞳を爛々と輝かせて、口に悦楽の笑みを讃えて。

 艶やかに興奮しきった顔で女は歓喜の表情を浮かべて言い放つ。


 「――今度はもっと楽しい世界にしましょう!次の世界ではもう少し幼馴染の助言は聞いた方がいいわ!さようなら!!!」


 女の表情を見つめながら、俺の視界はぐらりとずり下がった。

 首から下の感触が無い。落下する感覚とぶつかる衝撃。


 何が起きたかなんて最後まで分からない。

 ただ、最後に見たのは倒れ行く俺の身体と、それから。


 ボロボロと崩れておく、黒い城。

 まるで常闇の中に吸い込まれていくように崩れて朽ちていく、この世界の姿だった――。



   ◇



 暗い闇の中で、最後に思いだす。

 子供の頃の話だ。


 まだ無邪気で馬鹿なガキだったころ。

 俺は村で身寄りのないミージェルと言う少女に言ったんだ。


 ――僕は、大きくなったら勇者になりたい。


 この子供の大きくも細やかな夢は、彼女にしか話していない。

 もっと平凡に暮らしておけばよかった。

 勇者なんて、もうこりごりだ。

 


 


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