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初恋☆リベンジャーズ  作者: 遊馬友仁
第一部〜ドラ・ドラ・ドラ!我レ復讐ニ成功セリ〜
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回想③〜白草四葉の場合その2〜捌

3月30日(水)


 前日、伯父夫婦宅に戻ってから、司サンに提案された


「テレビ局主催の『ちびっこカラオケ大会』に出てみたい」


ということを伝えると、普段、温厚で柔和な表情を崩さない伯父は、珍しく面食らったような顔になり、


「若葉に報告して相談するから、ちょっと時間をくれないか?」


と、答えを返してきた(ちなみに、若葉というのは、わたしの母の本名だ)。

 週刊誌やワイド・ショーに、両親が追われている時期であることに加えて、母は、わたしがメディアに露出することに対してあまり積極的に推奨する方ではなく、すんなりと許可が出ることはないと思っていたので、母の説得は伯父に任せて、わたしは、クロのレッスンに集中することにした。

 幸いなことに、わたしの通うボーカル教室では、洋楽アーティストの楽曲に関するレッスンの内容が豊富で、動画を元に、日本人が不慣れな英語の発音法をマスターするためのカリキュラムがたくさんあった。

 その内容を元に、一日目のこの日は、


『英語のうたを上手に歌うコツ』


という講義形式にまとめたモノをクロに伝えることにした。

 これまでと同じように、午後一時に黒田家にお邪魔したわたしは、クロと二人でカラオケ・ルームにこもり(司サンはこの日からお仕事らしい)、早速、レッスンを開始する。

 現在と違って、この頃はまだ小学校での英語教育が本格的にスタートしていないことが、逆に幸運だったとも思う。


【レッスン1】


「英語のうたは、聴こえたように歌うのが一番いいの。クロも、わたしとおなじように、まだ学校で英語を習っていないと思うから、文法とかは気にせずに、歌手が歌っている言葉を聴こえるように歌ってみて」


「そんな簡単なことでイイのか?」


「うん!これが一番大事なことだから! あとで、『Twist and Shout』を聴いて、言葉を拾ってもらおうと思うけど、まずは、自分の耳を信じて、《聴こえたように歌う》ことを意識してみて」


【レッスン2】


「聴こえたように歌うことで、一番気をつけたいのは、発音の変化を意識すること。これをリンキングっていうんだけど……わかりやすい例をあげると、『塩』と『コショウ』を英語で言うと、どうなる?」


「塩はソルト、コショウはペッパーだから、ソルト・アンド・ペッパーだろ? それくらい、英語を習ってないオレでもわかるぞ?」


「そっか! じゃあ、この動画の発音はどう聴こえる?」


わたしは、そう言って、前日の間に検索していた動画を再生する。

リンキング(リエゾン)を聞き取る練習用の映像が再生された。


「う〜ん……『ソルテン、ペパー』って言ってるように聴こえる……」


「そう! そのとおり! クロ、やっぱりイイ耳してるじゃない!」


「そうかな……そう言ってもらうと、ちょっと、聴き取りが出来そうな気がしてきた」


「良かった! いま言ったみたいに、歌詞の中に、salt and papperみたいなフレーズが出てきても、クロが聴いたように、恥ずかしがらず『ソルテン、ペパー』って声に出すことが大切」


「わかった! やってみる」


「あとは、『音の脱落』と呼ばれる《リダクション》。クロも、Good jobを『グッジョブ』って言うのを聞いたことない?」


「ある!」


「グッド・ジョブって言うよりも、『グッジョブ』って言う方が英語の発音に近いみたいだし、音楽の時は、特に大事」


「そっか、わかった!」


「最後に、フラッピング。これは、ちょっと説明が難しいけど……簡単に、日本語でわかりやすく言うと、タ・チ・ツ・テ・トの音が、ラ・リ・ル・レ・ロもしくは、ダ・ヂ・ヅ・デ・ドの音に変化するって感じかな。さっきと同じような質問になるけど、水は英語で何ていうか知ってる?」


「ウォーターだろ。これも、それくらい知ってるよ!」


「そうね! でも、ネイティブに近い発音だと、《ウォー()ー》って感じになるの。音楽を例に出すとわかりやすいのは、『アナと雪の女王』のアノ曲ね!日本語なら、『レット・イット・ゴー』って書かれるけど、この歌のサビは、みんなどんな風に歌ってる?」


「『アナ雪』の曲か? みんな《()()()()()()()()って歌うよな?」


「そうそう! それが、フラッピング! 他にも、『Twist and Shout』を歌ってるビートルズの『Let it be…』も、同じね」


【レッスン3】


「洋楽に限らず、音楽にとって大事なのは、リズムと音程なんだけど……英語のうたを歌う場合は、とにかく、リズムが大切だと考えて! カラオケなら、音程が少しくらいハズれても、リズムがあっていれば、カッコ良く聴こえるから! いま言った『レット・イット・ゴー』も、『Let it be…』も、書かれている文字のとおりに、♪レット・イット・ゴーとか、♪レット・イット・ビーって歌おうとすると、全然リズムにノレないでしょ?」


「たしかに、そうだな……」


「そして、リズムを取るのに、もう一つ大事なのは、ライムを意識すること」


「ライム……って、なんだ? 果物のことか?」


「違う、違う! ライムは、日本語で言うと韻を踏むってことなんだけど……。これは、直接、音楽を聴いてもらう方が早いかもね」


 そう言ってから、わたしは、用意していた二つ目の動画をスマホで再生させる。

 今度の動画は、クリスマスソングの『Winter Wonderland』だ。


「季節外れの曲だけど、まずは、この曲を聴いてみて。その後に、歌詞を確認してもらうから」


 曲を再生したあと、スマホでネットブラウザのアイコンをタップし、ブックマークしていた『Winter Wonderland』の歌詞が書かれたサイトを表示させる。


「この英語の歌詞を見て、気付いたことはない?」


 クロもわたしも、学校で英語を習っているわけではないが、ローマ字は授業で学習済みのハズなので、アルファベットを文字として認識できれば、回答することは、さほど難しくないハズだ。


Sleigh bells ring, are you listening?

In the lane, snow is glistening

A beautiful sight,

We're happy tonight

Walking in a winter wonderland


Gone away, is the blue bird

Here to stay, is the new bird

He sings a love song,

As we go along

Walking in a winter wonderland


「え〜と……」


クロは、しばらくスマホの歌詞の画面を凝視したあと、


「一行目と二行目、三行目と四行目は、それぞれ同じ文字で終わってるな。あと、六行目と七行目、八行目と九行目もセットだ……」


「正解! そのとおり! 『よく出来ました』のシールをあげるね」


「いや、それはいらね〜よ。けど、同じ文字がセットになってるのが関係あるのか?」


「そう! それが、ライム! ちょっと、歌ってみるから、良く聴いてみて」


 わたしは、そう言ったあと、再び動画を再生し、英語の韻を強調するように歌い、クロにライムを意識してもらうよう心がけた。


「ふ〜ん、良くわかった。なんとなく、テンポが良くてカッコ良く聴こえるな」


「でしょう? 英語の曲がカッコ良く聴こえるのは、このライムでリズムを取ってるからなんだ。あとで確認してもらうけど、クロが歌う予定の『Twist and Shout』も、ライムがあるから意識して歌ってみて」


「そうなのか……でも、シロ、良くこれだけ色々なこと知ってるな。ボーカル教室って、そんなことまで教えてくれるのか?」


「うん……全部、教室の先生が言ってたことなんだけどね……」


 尊敬の眼差しを向けてくるクロの視線に照れたわたしは、はにかみながら、人差し指で、ほおを掻いて答える。


「それでも、スゲ〜よ……シロは、教えるのが上手いんだな……家庭教師とか、塾の先生とか向いてるんじゃね?」


「う〜ん、教えるのが上手かどうかはわからないけど……わたしの話しをクロに聞いてもらうのは、楽しいよ」


「なら、《ユアチューバー》とかになって、歌の練習方法を教える動画をアップしてみたら? いや、こういうのって《ミンスタ》の方が良いのかな? でも、まだアレは動画の配信サービスはなかったか……?」


 独り言のようにつぶやく彼に、わたしは、


「クロも、色々と詳しいんだね……考えておくよ」


と笑顔で答えて、基礎的な講義を終えることにした。

 そのあと、予告どおり、『Twist and Shout』の動画を何度も流し、クロの耳を頼りに歌詞を書き取る作業をしてもらい、仕上げは、英語の母音と子音の発音の使い分けを解説した動画で、発音の練習を行い、この日のレッスンは終了した。

 レッスンが終了したあと、一日目の成果を確認するため、クロにカラオケで『Twist and Shout』を歌ってもらう。

 前の日までは、つたない発音で、リズムもハズレがちに歌われていた楽曲は、講義と発音練習のおかげか、十分に聞けるレベルにまでなっていた。

 この調子でレッスンを続ければ、テレビに出ても問題ないレベルまで到達することは難しくなさそうだ――――――。

 空調を効かせていたカラオケ・ルームだったが、懸命にレッスンに励むクロの額や首筋には、薄っすらと汗が滲んでいた。その姿に、わたしは、胸が熱くなるのを感じていた。

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