第4楽章〜フィナーレ〜④
「そんなこと、黄瀬クンに話す必要ある?」
「必要かどうかで言えば、ボクに話す必要は無いかもね。ボクだって、こんなこと急に言われたら、警戒すると思うから。だけど―――白草さんの気持ちや頭の中を整理する意味で、もう一度、竜司のどんなところが好きなのか、考えてみるのは悪くないと思うよ」
クラスメートの返答にボクが秒で言葉を返すと、彼女は、一瞬、目を見開いた表情になったあと、うつむいて黙り込んでしまった。
そのまま、力の抜けた足取りでトボトボと歩みを進めたあと、また、小さな声でつぶやく。
「そんなこと……わたしだって、わかってるよ」
彼女が、そう口にした瞬間、周囲の木々がザワザワと揺れだし、どこからともなく、不気味な声が響いた。
「うらめし〜や〜男子と女子でイチャついてるのは誰だ〜」
長い黒髪に、上下が赤のワンピース、目は釣り上がり、歯をむき出しにした大きな口は、おどろおどろしいこと、この上ない。
ただ、木々のざわめきには少し驚いたものの、聞き覚えのある声だったので冷静に対応する。
「寿先輩、お疲れ様です。そのマスク、なかなか不気味ですね」
ボクが、声をかけると、女幽霊は「なんだよ〜、つまらないな〜」と言いながらマスクを取る。
一方、ボクの隣のクラスメートは、息を呑んだまま全身を硬直させたあと、
「な、な、なんだ……生徒会長さんだったんですか―――」
と、引きつった声で反応する。
「あっ、白草さんには、ちょっと刺激が強すぎたかな? 他のメンバーにも、結構怖がってもらえたから、ひとまず成功ってところか?」
自分たちの耳には届かなかったものの、この周辺では、何度か悲鳴が上がっていたのかも知れない。
「中間地点の御札が貼ってある展望台は、もう少し先だから気をつけて行ってね。黄瀬くん、ちゃんと白草さんを守ってあげなよ」
寿先輩は、ニヤニヤと笑いながら言って、ボクたちを見送ってくれた。先輩に、「はあ、わかりました」と気のない返事をしたボクは、ふたたび白草さんと歩き出し、雑談モードに入る。
「ちょっと驚いたな〜。なかなか良く出来ているマスクだったね。どこで買ったんだろう?」
「さ、さあ? 通販サイトかドン・キ◯ーテじゃないの?」
上ずった声で反応する彼女に、心のなかで苦笑したボクは、たずねてみる。
「白草さん、もしかして、ちょっと怖かった?」
「べ、別に……ちょっと、不意をつかれたって言うか驚いただけだから」
「そうなんだ? これは、いつも余裕たっぷりの白草さんのレアな表情が見られたってことかな? 余計なお世話かも知れないけど……竜司にも、今みたいな一面を見せたら、もっと、仲が深まるんじゃないかな?」
「ホントに、余計なお世話ね! 黄瀬くんこそ、今日はいつもよりおしゃべりじゃない? ひょっとして、そうやって肝だめしの怖さをまぎらわしているとか?」
この期に及んで、ボク相手に突っかかって来るとか、負けず嫌いの性格は相変わらずだな……内心で、ため息をつきつつ返答する。
「まあ、そういうことにしておいても良いけどね。お節介な親友に対して少しくらい恩を返しておこうと、ボクなりに色々と考えているんだよ」
ボクが、そう答えると、「そうなんだ?」と目を丸くした彼女は続けてたずねてきた。
「それは、黄瀬クンの中で、クロに対して、なにか心境の変化があったの?」
「心境の変化ってほどでも無いけどね。ただ、今回の吹奏楽部の合宿取材は、先日までのホラー動画の作成に対するペナルティみたいなものだからね。本来ならボクだけが同行すれば良かったんだ。竜司は、それをわざわざ自分も泥を被るようなことをしてさ……ボク一人に責任が及ぶようなことにならないように、色々と気を使ったと思うんだよね。だから、これは、何も言わずに連帯責任を負おうとする友人に対する、ささやかな恩返しってわけ。まあ、ボクが出来る範囲のことで、その恩を返しきる自信は無いけどさ」
暗がりのなか、慎重に歩きながら、自分なりに考えていることを語ると、寿先輩が言っていた展望台が見えてくる。木材で組まれた展望台は、木製の階段で昇り降りが出来るようになっていて、ステップを登り切ると同じく木材で出来ている柵に、ガムテープで御札が貼り付けられていた。
ボクの一人語りを黙って聞いていた白草さんは、残り数枚となった御札を無言で剥がす。
「これを持って帰れば、ミッション達成なんだよね?」
「あぁ、そうみたいだね?」
そして、彼女は木製の柵に手を添えながら、満点の星を見上げ、
「この星空をクロと見たかったなぁ」
と、つぶやく。
「白草さんが、その気になれば、機会はいくらでもあると思うよ」
ボクの返答に、「もちろん、そのつもりだけどね……」と言葉を返した彼女は、続けてたずねてくる。
「ねぇ、さっきの黄瀬クンの話だけど……黄瀬クンは、どうして、クロに自分の考えていることを伝えないの? あなたが、いま話してくれたことを伝えたら、クロも嬉しいんじゃないかと思うんだけど……」
「やめてよ、気味悪い。ボクと竜司は男同士だからね。これ以上、心理的な距離を縮める必要もないだろう? でも、白草さんたちは違うよね?」
普段は、同性だけでなく、ときには男子からの恋のお悩み相談を受けている相手にアドバイスをするなんて、自分も偉くなったモノだと思いつつも答えると、彼女は、なにかを考え込むような仕草で、
「それもそうね……」
と、うなずく。
「ゴメンね、白草さん。今日は、余計なことを話しすぎたかも。いま話したことは、同級生の他愛ない言葉だと思って、受け流してくれて構わないから」
照れ隠しにそう言ったものの、クラスメートは、やや真剣な眼差しで、
「ううん……あなたの考えは、とても参考になったわ。ありがとう黄瀬クン」
と言ったあと、「じゃあ、戻ろうか?」と、笑顔で付け加える。
「そうだね」
と返事をして、ボクたちは、炊飯場に続く帰り道を進んだ。その途中、後ろの方で女子生徒のものらしき悲鳴が聞こえたような気がしたけど、自分たちは、先輩たちが演じる怪異と遭遇することは無かった。




