第2楽章〜アダージョ〜③
同日 午前10時〜
オレの耳がフルート奏者たちの奏でる美しい音色に慣れた頃、パート練習が小休憩に入ったのを確認して、桜井先生が、
「そろそろ、次のパートを見に行きましょうか?」
と、声をかけてきた。
次の訪問先であるユーフォニアムとチューバパートの練習場所であるツバキと名付けられた研修室に移動する間、オレは桜井先生に話しかけてみた。
「フルートの合奏ってキレイですね。思わず聞き入ってしまいました。みんな、真剣に練習に取り組んでいることが伝わって来るんですけど……率直に言って、先生は関西大会を突破できると思いますか?」
すると、オレの問いかけに反応した顧問教師は、ピタリと立ち止まり、
「ずいぶんとストレートに聞いてきますね?」
と言ってから、少しばかり周りのようすを見渡し、周囲に他の生徒がいないこと確認してから返答する。
「さきほどのフルート・パートのように全国レベルに達しているメンバーも中にはいるのですが……現状では、全国大会に進むのは厳しいでしょう」
「そ、そう……なんですか」
「黒田くんは、関西大会から全国大会に進めるのは、何校か知っていますか?」
「え〜と、去年の実績では3校でしたっけ?」
「そうです。では、関西大会で高等学校の部Aに出場するのは何校ですか?」
「それは……何校でしたっけ? すみません、把握できていません」
「今年の出場校は、28校です。ここから、3校に絞られる訳ですから、全国出場というのはかなりの狭き門なのです」
「や、やっぱり、そうなんですね」
「しかも、去年は関西大会でも銀賞止まりでしたからね。全国大会に出場するには、相当のレベルアップをしなければなりません」
「な、なるほど……」
粘着イケメン妖怪と部員にあだ名されるほど、厳しい面を持つ顧問だけに、現在の芦宮高校吹奏楽部の実力に対して、現実的でシビアな評価を下している。ただ、そんな現状でオレたちのような部外者が練習の風景を取材したり、見学したりするのは気にならないのだろうか?
その点が気に掛かったので、オレは、ふたたび率直にたずねてみる。
「桜井先生の見立てでは、全国出場は、厳しいってことですけど、そんなシリアスな状況で、オレたち広報部が取材なんてしていて邪魔にならないんですか?」
「これくらいの雑音を気に掛けて練習に身が入らないようでは、全国レベルの強豪校を凌ぐ演奏なんて出来ませんからね。ご存知のように、全国大会の常連校ともなれば、その練習風景に密着したいというテレビ番組も出てくるくらいです。いまのうちに、芦宮高校吹奏楽部の皆さんにも、その雰囲気に慣れておいてもらおうと思いましてね」
「は、はあ……そうなんですね」
自分たちの取材が雑音あつかいされたことも気になったが、それ以上に、色々と思惑ありげにオレたちの取材を受け入れていることに対して、圧倒される。そんなオレに、顧問教師は、さらに驚くべき事実を告げた。
「これは、ここだけの話ということにしてもらいたいのですが……実は、あるテレビ局から、うちの吹奏楽部を取材したい、というオファーがありましてね。まだ、全国出場のレベルに達していないことを理由に一度はお断りをしたのですが……逆に『全国出場のあかつきには、是非!』と懇願されまして……万が一の場合に備えて、練習の場にカメラが入るということを経験してもらうのも悪くないと考えている次第です」
「そ、そうですか……なら、本番のテレビ局の取材のためにも、余計に本腰を入れて取材しなきゃですね」
「えぇ、期待していますよ」
ニコリと穏やかな表情を作りながらも、目だけは笑ってない相手からのプレッシャー感じながら、オレは、
「はい、わかりました」
と、うなずくしかない。
かたわらでは、黙ってオレたちの会話を聞いていた壮馬が無言で肩をすくめている。
こうして、これまでとは異なるプレッシャーを感じていたためか、次に訪れたユーフォニアム・チューバパートの練習取材では、どこか重苦しい空気を感じることになった。
OBやOGの先輩たちが、各パートの役割を細かく説明されていたので、付け焼き刃の知識になることを承知しながら、昨夜、寿先輩との会話が終わったあと、オレは宿泊する部屋に戻って、スマホのアプリを起動し、AIに
「ユーフォニアム・チューバパートの役割」
を問いかけてみた。
人工知能によれば、
「ユーフォニアム・チューバパートは、一般的に『バスパート』として、楽曲の低音部を支える役割を担います。チューバは楽曲の土台となるリズムとハーモニーの基本音を支え、ユーフォニアムはチューバの低音を支えつつ、木管楽器と金管楽器の音の橋渡しをしたり、美しいメロディーを奏でたりする、縁の下の力持ちのような存在です」
とのことだ。
そして、ユーフォニアムとチューバは、低音の土台を支える役割と、その低音を支えつつもメロディーやハーモニーにも貢献する役割を担い、吹奏楽全体の響きを豊かにする重要なパートであることは、練習を見学しているだけのオレにも理解できたのだが――――――。
このパートの指導係であるOBの上田先輩と桜井先生の顔色が、他のパートの練習に比べても、渋い表情に感じられることが気に掛かった。




