第2楽章〜アダージョ〜①
8月11日(金) 午前6時すぎ〜
合宿2日目の朝も初日に続いて、白咲青少年の家の上空には、夏の青空が広がっている。
木製のベッドに横になりながら、宿泊部屋の窓から射し込む朝日を眺めつつ、オレは前の日の夜に、上級生の女子生徒と交わした会話を思い出していた。
「私の見立てが正しいなら、ちょっと、今の自分の気持ちに向き合ってみない?」
「いや、自分の気持ちに向き合うって……そんなこと、急に言われても―――」
「ん〜、別に難しい話じゃないでしょ? ほら、修学旅行の夜に男子は良くやるって言うじゃん。『なあなあ、この学校に好きな女子いる?』ってやつ」
「先輩は男子じゃないんだし、そんな会話に加わらなくてイイですから……」
「え〜、私は立場上、黒田くんたちの部屋に行けないからさ。いま、気になってる女子は誰なの? 白草さん? 佐倉さん? それとも、ウチの後輩ちゃん? 誰にも言わないからさ! ここで、聞かせてよ。YOU、言っちゃいなよ!」
「いやいや、最後のそれは、色んな意味でヤバいですから! 気軽に口にしないで下さい」
男性アイドルグループの事務所の代表だった人の口調を真似て語る生徒会長に、オレは冷や汗をかきながら返答するのが精一杯だった。
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(う〜ん……気になってる女子って言われてもなぁ……)
シロには、大勢の目の前でキッパリとフラレたし、桃華が、オレのことを異性として見ているなんて思えない。そして、紅野に関しては――――――。
彼女にも、春休みにハッキリと告白を断られたものの、その後、オレはリベンジとしてもう一度、紅野アザミにアプローチをしたうえで、告白をしようと準備を進めていた。そのときの自分が、彼女のことを想っていたことは間違いではないのだが……。
その後、紆余曲折あって、白草四葉に気持ちが傾いたオレは、壮馬たちとともに企画していた当初の予定を変更して、シロに気持ちを伝えたのだ。こうした経緯もあって、自分は、紅野を裏切ってしまった……という気持ちが、いまもぬぐえないでいる。
「それでも、キミは、まだ後輩ちゃんのことを憎からず想っているハズ……どう?」
寿先輩は、昨夜、そうオレに問いかけてきたが、それは、たしかにそのとおりだ。
春休みに彼女への告白を断られたときにも、紅野に対して恨みがましく想う気持ちはなかった。
ただ、自分の気持ちが受け入れられなかった悲しさと、自分自身の不甲斐なさに悔しさを感じただけだ。
さらに、オレが(そして、おそらく彼女も)気まずさを感じながらも、一学期のクラス委員の仕事を問題なくこなしてくれた彼女には、感謝の気持ちしかない。
そんな自分が、いまさら紅野と関係を深めたいと考えるなんて――――――。
それこそ、おこがましい、というやつではないか?
「今の自分の気持ちに向き合ってみない?」
と、寿先輩は言ったが、紅野に対しては、いまだに後ろめたい気持ちがある、というのがオレ自身の偽らざる想いだった。前夜に語り合った上級生は、すぐに返答することをためらっていたオレに、
「まあ、簡単に答えが出る問題じゃないなら、私が相談に乗るからさ。いつでも、話をしに来なよ」
そう言って、豪快に笑い、「はあ、ありがとうございます」と、気の抜けた返事をするオレの肩をバンバンと叩いた。
「ともかく、キミの想いと決断によって、今後の芦宮高校のあり方は大きく変わる、と私は思ってるから! すぐに自分の気持ちが固まらないようなら、じっくり考えてみてね」
オレ自身を励ましてくれたのかと思えば、無駄にプレッシャーをかけるようなことを言ってくることもまた、寿先輩らしくはあるのだが……自分にとっては、強化合宿の初日から思わぬ課題を背負わされたよう気分だ。
ベッドに寝そべったまま、今度は天井を見上げ、つらつらと昨日の夜の出来事について考えていると、隣のベッドがモソモソと動き出す。どうやら、同室の壮馬が目覚めたようだ。
「おはよう、壮馬。よく眠れたか?」
昨夜も就寝前に色々なことを考えていたせいで寝不足気味の自分の状態を脇においてたずねると、チラリとオレの顔を見た親友は、こう聞き返してきた。
「そう言う竜司は、あんまり眠れてないんじゃないの? 大丈夫?」
「ん? あぁ、心配してもらうほどのことじゃないから、気にしないでくれ。昨日の夜は、思ったよりも寿先輩との話が長引いてしまったからな。今日の夜は、キッチリと映像のチェックに付き合うよ」
「う〜ん……そのことなら気にしないで良いよ、って昨日も言ったじゃん。竜司にも予定はあるだろうし、ボクは自分にできることをするだけさ」
「お、おう……そっか」
寝起きの壮馬に返答したオレは、親友の言葉に若干の違和感を覚える。
いつもの壮馬なら、
「生徒会長と、どんな話をしてきたのか知らないけど、活動には支障を来さないようにしてよね」
などと、言葉を返して来るところだと思うのだが……。
そっけない態度はいつものとおりだが、寝起きの時間から、いつもよりも優しさを感じる親友の言動に、オレは若干の違和感を覚えながらも、感謝していた。




