第1楽章〜アレグロ〜⑫
同日 ほぼ同時刻。
〜佐倉桃華の想い〜
「ごめんなさい。佐倉さん、本当に申し訳ないべ」
「もう、大丈夫だって。そんなに謝らなくても良いから……」
「だども―――」
宮野さんとともに、高校野球の聖地で行われた開会式の取材記録の編集やテキストまとめなどを始めようとした午前中、彼女の元に入った連絡は、ワタシが苦手とする上級生からのものだったらしい。
「あ、あの明日のことなんだども―――」
作業を始める前に慌ただしく放送室から出て行った彼女は、申し訳なさそうに戻って来て、相談を持ちかけてきた。
宮野さんによれば、あの上級生の仕事仲間である女の子に別の仕事が入ったため、その夜に仕事仲間と泊まる予定だったペンションに空きが出たので、一緒に来ないか、と誘われたとのことだった。
たとえそれが、自称カリスマ的なインフルエンサーという図太い性格の持ち主であっても、都会から離れた場所にあるペンションで女子が一人で寝泊まりすることには、不安も覚えるだろう。いま行っている作業は、遅くとも明日の午前中には終わる予定だし、そこで、自分たちに任された活動は終了となるので、明日の午後からは、どこに出掛けてもらっても構わない。
ただ、連絡をしてきた上級生が言うには、撮影用の移動も兼ねて、できれば、明日の早朝に、こちらを出発したいということだった。そうすると、明日の午前中に行われる鳳花部長の最終チェックが間に合わないのだ。
そこで、ワタシは宮野さんに、こんな提案をした。
「明日の最終確認は、ワタシが一人で立ち会うから……宮野さんは、遠慮なく朝から出掛けちゃって。もし、修正指示が入っても、ワタシ一人でなんとかするからさ」
「そ、そんな……佐倉さん一人で大丈夫だべか?」
「大丈夫だよ! これでも、中学校のときから、鳳花部長や、くろセンパイに鍛えられてるから。実際、中3だった去年は、ワタシ一人で色んな作業をこなしてたしね。今日のうちにクオリティを上げて、明日は、修正ナシの納品にしよう」
「ホ、ホントに良いべか?」
「うん! 今日ここまで作業が捗っているのも宮野さんのおかげだからね。もう、ひと頑張りして、くろセンパイたちにワタシたちの実力を見せつけてやろうよ!」
実際、高校野球の開会式前後における宮野さんの奮闘ぶりは、ワタシの想像以上だった。
自分たちの学校から出場(?)するプラカード係の生徒や付き添いの先生たちだけにとどまらず、プラカード係と一緒に入場行進を行った各都道府県の代表の野球部の選手にまで話しかけて、色んな関係者からのインタビューを取り付け、積極的に取材を行っていた。
特に、緊張気味だった地方から出場する選手たちは、彼女のお国言葉と素朴な人柄に魅かれたのか、すぐに心を開いて、ワタシたちの質疑応答に応じてくれた。
そうしたこともあって、ワタシは、広報部における宮野さんの想定以上の仕事ぶりと熱心な取り組みに敬意を表して、もし、明日の最終確認で鳳花部長からダメ出しをいただいても、その修正作業は、自分ひとりで請け負おうと考えていたのだ。
そして――――――。
「うう……佐倉さんは、ほんに優しい人だすな……わたす、感激すますた」
宮野さんは、ワタシの言葉に、そう言って瞳をウルウルさせている。
「やめてよ〜。そんなんじゃないんだから……今回のことは、宮野さんの仕事ぶりに対するお礼だと思ってくれたら良いからさ……」
そう、そんなんじゃない―――というのは、ワタシの本音でもあった。
正直なところ、午前中のワタシは、《ミンスタグラム》に投稿された、くろセンパイと紅野さんと思われるツーショット写真のせいで、気持ちが逆だっていた。
(ワタシたちが、こんなに一生懸命に動き回っているのに、くろセンパイと来たら……)
顔を覆うスタンプのせいで、表情は見えなかったもののパンダ列車の前に立つ男子生徒と女子生徒からは、楽しげなオーラが漂っているように、(ワタシには)感じられた。
このままでは、自分の気持ちが収まらない……と、感じていたときに、宮野さんから明日の広報部の活動参加について相談がもたらされたことについて、考えてみた。
いまの気持ちと自分たちの成果は、すぐにでも、くろセンパイ自身に伝えないと――――――!
そう感じたワタシは、天から授かったようにある考えがひらめいた。
(明日のうちに作業を終わらせて、明後日から、吹奏楽部の密着取材に参加しよう!)
そこで、いち早く、くろセンパイに自分たちが編集した映像素材や取材記事を確認してもらい、そこで、ワタシたち1年生の取材成果を見せつけたうえで、今日の午前中の浮かれた様子を反省してもらう。
それが、天啓のようにひらめいたワタシのアイデアだった。
そして、そのアイデアが実現すれば――――――。
「桃華、開会式の取材記録、見せてもらったよ。良くがんばったな」
「そ、そうですよ! 誰かさんが、他の女子とイチャイチャしている時も、ワタシたちは、しっかり活動してたんだから反省してくださいね」
「あぁ、面目ない……今回のことで、やっぱり、オレたちに……いや、オレに必要な存在が誰なのか、あらためてわかったよ、桃華」
そう言って、夕日のきれいな海岸で、彼はワタシを抱きしめて……。
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いや、そんなに都合よく物事が進むとは、ワタシ自身も考えているわけじゃないけれど―――。
宮野さんが言ったように優しい性格でもなければ、可愛らしい性格をしているわけでもない自分は、自身の仕事ぶりで、センパイたちに認めてもらうしかない。
そのことを胸に秘めていることもあって、宮野さんに対して罪悪感を覚えたワタシは、彼女の突然の申し出についても、むしろ積極的に後押ししようと考えていた。




