第1楽章〜アレグロ〜⑪
同日 午後1時すぎ
〜白草四葉の思惑〜
モデル仲間で友人の名和立花ちゃんが、急に入った仕事で一緒に撮影するはずだった秋の新作コスメ用のポスターのお仕事に参加することができず、その後に用意してもらっていたロケ地の近くのペンションに泊まる相手について、わたしは、芦宮高校の下級生で、自分を慕ってくれている雪乃を誘うことにした。
ペンションの手配をしてくれた古都乃さんに、そのことを伝えた際のLANEの返信の内容がコレだ。
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了解!
予定変更のお詫びにペンションは
二泊できるようにしておいたから
後輩ちゃんと楽しんできてね!
でも、気になる男の子がいるなら
絶対に落としなさい
同世代のカリスマモデルやってる
アナタが―――意中の男1人も
落とせないは大問題だから(笑)
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文面を目にしたときには、軽くため息が漏れた。
(それは、わたし自身も感じていることだけど―――)
あらためて、
「同世代のカリスマモデルやってるアナタが―――意中の男1人も落とせないは大問題だから」
なんて、他人に指摘されると、心穏やかでなくなってしまうのは、仕方のないことだと思う。
それでも――――――。
誰かに言われたからじゃない……わたしは、わたしの意志と、これまでに培ってきた技術、そして、なにより、わたし自身の魅力で、クロとの仲を進展させる!
そう誓った自分に、愛の女神様が微笑んでくれたのかも知れない。
わたし達に用意されたストロベリーファーム白咲というペンションは、クロや黄瀬クンが同行取材をしている吹奏楽部が強化合宿のために使用しているという、白咲青少年の家と自動車で10分と掛からない場所にあるのだとか。
そう、今回わたしが、(予定どおりならリッカちゃんと)撮影を行うのは、別名『日本のエーゲ海』と呼ばれる白咲海洋公園なのだ。
若々しさの象徴でもある白と青のコントラストを強調するなら、このロケーションしかない、と考えた広報担当の古都乃さん直々の選定だったそうなので、その古都乃さんも、リッカちゃんが撮影に参加できないのは、とても残念に感じているようだった。
それだけに、彼女が、わたしに掛けている期待の大きさもヒシヒシと感じられる。
それでも、そうした想いは、ファンやお仕事の関係者など、周囲からの期待が大きければ大きいほど、意欲が湧いてくるわたしの性格にはピッタリだと思っていた。
そして、今回のお仕事に関する、わたしのそんな気持ちが、天に届いたのかも知れない。
「天は自ら助くる者を助く(自分自身で努力する人にこそ、天が力を貸してくれる)」
という言葉は、テレビや雑誌、ネットを通じてお仕事をするようになってからのわたしの座右の銘だけど、自分が仕事を行う場と宿泊施設が、彼が活動する場所と、こんなに近い距離にあるなんて、これは、もはや運命としか思えない。
(やっぱり、わたしとクロは、強い絆で結ばれているんだ……)
あまりにも乙女チックな考え方だと自分でも自覚はあるけれど――――――。
それでも、この大いなる偶然を前にすれば、「運命的な関係」という言葉をどうしても意識してしまう。
(やっぱり、わたし達は、結ばれる運命なのかな、なんて……)
そう考えるだけで、ほおは紅潮し、自然と身体が火照りだす。
明日の仕事場であり、宿泊する施設のある白咲海洋公園周辺は、青い海と白い石灰岩が織りなす真昼の風景だけでなく、夜も美しい星空に彩られることで知られているという。
古都乃さんが用意してくれたストロベリーファーム白咲も、SNSには、まばゆい光に彩られた夜空の写真がアップロードされていて、それだけで、わたしのテンションは天井知らずの勢いで上がっていく。
降るような星空の下で肩を寄せ合う二人――――――。
不意に触れた手でお互いの距離を意識したわたし達は、はにかみながら、視線をそらしてしまう。
どれくらい時間が経っただろう。
彼は、ほおをかきながら、口にした。
「こんなにキレイな星空と女の子を独り占めできるなんて、オレは、本当に幸せだな」
「えっ!?」
その言葉に反応したわたしを見据えながら、彼は意を決したように、ふたたび口を開く。
「この星空に勇気をもらえた。シロ……いや、四葉。あらためて言うよ。オレと付き合ってほしい」
彼の大胆な告白に、わたしは、黙ったまま小さくうなずく。
そして、彼の唇が、わたしに近づいて――――――。
「どどどどど〜すんのど〜〜すんの?」
夏の夜空を想像していたわたしの思考回路は、そこでショート寸前になって、今すぐにでも、彼に遭いたくなってしまう。
ここまで、わたしの思考を独占し、心を千々に乱すなんて……なんと、罪深い男子なのだろう。
それもこれも、午前中に《ミンスタグラム》にアップロードされたパンダのキャラクター列車の前で撮られた写真が原因なんだけど――――――。
この夏の夜に、クロが期待に応えてくれるのなら、あの写真のことは、大目に見てあげよう……と、わたしは寛大な気持ちで彼に接することに決めた。




