第1楽章〜アレグロ〜⑨
合宿所となる白咲青少年の家は、白咲海岸県立自然公園の中の海を望む小高い丘に位置していて、海や山にも近く、多様な活動が行えるそうだ。
最大200名まで宿泊可能な施設は広大で、顧問の先生や同行者であるオレたちを含めて、50名近くという大所帯の芦宮高校吹奏楽部のメンバーが利用しても、まだまだ余裕はありそうだった。
駐車場に停車したバスから、乗車時と同じようにテキパキと荷物や楽器を運び出した部員たちは、10分と経たずに、自分たちをここまで送ってくれた大型バスをお見送りする。
時刻は、午前10時を過ぎたあたりで、太陽の陽射しは、いよいよ夏本番に相応しい気温を提供しはじめた。
「午後には、練習を始められるように、各パートに別れて準備をしてくださ〜い。昼食は、12時ちょうどからで〜す」
部長の早見先輩が確認するように告げると、部員たちは、一度、自分たちが割り当てられた部屋に各自の荷物を置きに行ったあと、それぞれのパートに別れて練習の準備を始める。
今すぐに練習が始まると言う感じではなかったが、オレは壮馬とともに、自分たちに割り当てられた2階の奥の二人部屋に機材を置くと、各部屋から集まり、パートごとに練習の準備を始める部員たちのようすを撮影することにした。
今年の関西大会での演奏に当たって、吹奏楽部では、四つのパートが編成されている。
・華やかな高音でメロディーを彩るフルートパート
・最前列で演奏し、音域が広いので主旋律やハモリなど様々な役割をこなすクラリネットパート
・グランドシップを支える金管楽器中低音を奏で、メロディーの裏やベースラインを担当するユーフォニアムとチューバパート
・メロディー、ハーモニー、リズムなど多様な役割を担い、木管と金管の橋渡しをすることで、曲に厚みと彩りを与えるサックスパート
これが、今年度の大会向けの編成だそうだ。
また、青少年の家の施設は、うまい具合に、研修室が四つあり、それぞれに、すいせん・はまゆう・つばき・あこう、と名付けられた部屋は、パートごとに練習を行うにあたって、うってつけの環境だと言う。
部員たちが、列車内でのインタビューでも語っていたように、今回の強化合宿では、パートごとに吹奏楽部のOB・OGの先輩たちが専属コーチとして演奏の指導に当たってくれるという。
その先輩方と、もう一人の顧問の桜井先生は、昼食後に合宿所に到着するということで、その時間までは部員のみんなも少しリラックスムードなのかも知れない。オレたちとしても、合宿参加メンバーに声をかけやすい午前中のうちに、各パートのリーダーに練習風景の取材許可を取って行く。
幸い、どのパートでもリーダーの3年生たちは、練習の撮影について前向きに協力するとの返事をもらえたので、あとは、午後に到着する先輩方と桜井先生に許可を得ることができれば、今日のオレの仕事は終わりとも言える。
そうして、各パートの準備風景をゆるい雰囲気で撮影しながら回っていると、「スイセン」と名付けられた研修室の前を通ったところで、御房駅を降りたときと同じように、また副部長さんから声をかけられた。
「黒田くん、黒田くん! さっき、話したときに言い忘れてたことがあるんだけどさ」
「えっ、なんですか? 寿先輩」
さっき話したとき、というのは、おそらく、今日の午後の練習の取材許可を取ったときのことだと思うのだが……言い忘れていたこととは、なんだろう?
「合宿中の夜にさ、ちょっと話せる時間はない?」
「えっ……夜の時間ですか? 特に予定はないですけど。なにか、あらたまって重要な話でもあるんですか?」
「まあ、重要と言えば、重要かな? なにしろ、来年度の我が校と吹奏楽部の存亡に関わることだから」
いつものように、冗談めかした口調でニマニマと笑いながら、学校と吹奏楽部に関わる重大事だということも、話半分いや、百分の一程度のこととして受け流す。
「その重大さがどれだけのことかはわかりませんけど……寿先輩の頼みなら断れませんからね。わかりました、明日か明後日の夕飯が終わったときに、また声をかけてください。時間を空けておきますよ」
「そっか、ありがと! あと、黒田くんには自覚がないようだけど、我が校と我が部の行く末はキミにかかってるんだからね。そのことを良く考えておいてよ」
いや、自分たちの学校自体ならともかくとして……吹奏楽部の部外者であるオレに、部の未来を託されても困るのだが――――――。
そんなことを感じて困惑しながら、上級生に対して、どう返事を返したら良いものか……と考えていると、相手はニコリと微笑みながら、「まあ、そのことは置いておいて……」と言ってから、手招きをする。
「私たちサックスパートは、OBや先生たちが来る前に練習を始めちゃうからさ。よかったら、ウチらのところから撮影をしちゃいなよ」
「わかりました。では、お言葉に甘えて……」
オレは、そう返事をして、撮影係の壮馬を呼びに行くことにした。




