第1楽章〜アレグロ〜④
そのアナウンスを耳にしたオレは、一旦、取材を中断することにした。
「悪いな、壮馬。インタビューの続きは、和歌山駅を出てからにさせてくれ。紅野、時間があったら、ちょっと、一緒に来てくれないか?」
オレは、そう言ってクラスメートを誘い、先ほど、インタビューを受けてくれた1年生の女子部員を探す。
そして、車両の中ほどで彼女を見つけると、同級生たちと談笑中の彼女に、思い切って声をかけた。
「天宮さん、撮影のチャンスだ。すぐに準備できるか?」
なんの撮影なのか、目的語をすっ飛ばした言葉だったが、カンが良いのだろう。下級生の女子は、
「わかりました! すぐに行きます」
と言って、スマホを片手に座席から立ち上がる。
「あと2分ほどで和歌山駅に到着を致します。お出口は左側4番乗り場につきます。お忘れ物なさいませんようお降りください」
車内の放送は、自動音声から車掌のアナウンスに切り替わり、そう告げていた。
「駅に着く前に、なるべく、先頭車両に近い場所に移動しよう」
オレは、そう言って二人の女子生徒に着いてくるようにうながす。
ここで、1年生の女子を誘ったのは、乗り換えの駅で、パンダ列車の写真を撮り損ねた、と残念がっていた彼女に撮影の機会を提供するためだ。
この和歌山駅で、くろしお1号が、しばらく停車するという情報を教えてくれたのは、先日まで、(お蔵入りになった)モキュメンタリー映像のロケハンや撮影に付き合ってくれていた同じクラスの緑川武史だ。
「来週は、吹奏楽部の強化合宿に密着するために、列車で和歌山の白咲海岸に行くことになったんだ」
撮影に付き合ってくれたことへのお礼と事後処理の報告をするためにファーストフード店に集まり、ついでに、今回の同行取材のことを伝えると、相手の男子生徒は、こうたずねてきた。
「和歌山まで列車で行くということは、朝早くに出発するのか?」
「あぁ、午前7時頃にこっちの駅を出て、途中で特急くろしおに乗り換えて、御房って駅まで行くらしい」
「なるほど、その時間なら、くろしお1号だな。おそらく、吹奏楽部のメンバーや黒田たちが乗るのは、車両にパンダのペインティングが施されている家族連れにも人気のパンダくろしお号だ」
緑川は、そう言って、スマホを取り出し、パンダくろしお号の車両の画像を表示させる。
「お〜、これは、子どもだけじゃなく、女子もテンションが上がりそうだな。乗車前に撮影会が始まりそうだ」
「そうだな。だが、黒田たちが列車に乗り込む駅では、停車時間が短い。ちょっと、これを見てくれ」
クラスメートは、続けてスマホを操作して、時刻表のような画面をこちらに見せてきた。
そこには、
天王寺 7:59
日根野 8:26
という数字に続いて、和歌山駅に箇所には、
着 8:48
発 8:50
という二つの数字が並んでいる。
「これは、和歌山駅で2分間停車するってことか?」
オレがたずねると、緑川は、深くうなずいて、こんなアドバイスをくれた。
「御房駅までなら、撮影チャンスは、この一度きりだと考えたほうが良い。ただ、それでも、十分な時間がある訳じゃないから、撮影に誘うなら、少人数にするべきだと、僕は思う」
持つべきものは、鉄道オタクの友人だという想いを抱きながら、有益な情報を提供してくれたクラスメートに感謝しつつ、オレは天宮さんと紅野を従って、2号車の前方のドアから和歌山駅の4番ホームに降り立った。
「停車時間は、2分しかないから、撮影は素早くな」
そう声をかけると、彼女は、「は〜い」と言って、列車の進行方向に向かって駆け出し、スマホで撮影を始める。
そして、何度か角度を変えながら撮影を行った天宮さんは、
「先輩たちも、早く来てくださ〜い! 時間が無くなちゃいますよ〜」
と、大きく手を振って、オレと紅野を先頭車両の方に呼び寄せる。
彼女の声に苦笑して顔を見合わせたオレたちが、小走りで先頭の車両に駆け寄ると、天宮さんは、
「は〜い、二人で並んでくださ〜い。撮りますよ〜」
と言って、スマホをこちら向きに構えて、シャッターボタンを押した。
「撮影のチャンスを教えてくれたことと、付き合ってくれたことへのお礼です。あとで、お二人のLANEに写真を送っておきますね」
彼女はそう言ってニコリと笑い、撮影を終える。
その直後に、ホームには、パンダ列車の発車を告げる発車ベルと自動音声のアナウンスが流れはじめた。
ビクリと身体を震わせ、オレたち3人は、慌ててすぐそばにあった先頭車両の前方にあるドアに飛び乗る。
「4番ホームから、特急くろしお1号新宮行きが発車します」
ホームのスピーカーから聞こえたアナウンスが終わり、天宮さんが先頭車両に飛び乗り、彼女の背後で列車のドアがしまったのは、ほぼ同時だった。
「ふ〜、なんとか間に合いましたね。乗り遅れていたら、大変なことになるところでした」
ギリギリのタイミングだったのに、どこか、他人事のように話す彼女の言葉に、思わず苦笑してしまう。
「気をつけてね、天宮さん」
そう言って、下級生に釘を刺す紅野も、どこか楽しげなようすであることに、オレの心もさらに弾んだ。
最後に車両に飛び乗ったにもかかわらず、いつの間にか先頭に立ち、目的の撮影を終えたことで、意気揚々と自分たちの座席がある4号車に戻っていく下級生の背中を眺めながら、オレはクラスメートの女子生徒に声をかける。
「紅野、撮影に付き合ってくれてありがとうな。オレ一人じゃ、天宮さんを誘いづらくてさ……」
「えっ? ううん、こちらこそありがとう。かわいい後輩に気を使ってもらって、新入生担当としても、とっても助かったから……」
オレの言葉に少し驚いたようすを見せた彼女だが、そう言って笑顔を見せてくれた。その柔和な表情を見て、
(この合宿取材は、楽しいものになりそうだ……)
という期待が、胸の中でより大きくなる。
ただ、オレは、ついさっき下級生がスマホで撮影した写真が、大きな波紋を呼ぶことに思いが至らなかった。




