エピローグ〜ある少年の怪奇現象に関する見解について〜
8月3日(木)
〜黄瀬壮馬の見解〜
その後のことを少しだけ語ろう。
トラブル続きの最後のライブ配信が終わったあと、翌日の緊急会議の場で倒れ込んでしまったボクは、運び込まれた病院で一日静養したあと、昨日の夕方、自宅に戻ってきた。
幸いなことに、広報部のメンバーや養護教諭の先生の処置と連絡が早かったので大事には至らず、一週間程度の経過観察のあとは、普段と変わらずに過ごせるらしい。
そのことを親友に報告すると、
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OK!
話せるなら、すぐに家に行く!
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と返信があった。
「すまない」
と語るウマ娘のオグリキャップのスタンプを返信すると、
「OKデース」
というセリフのエルコンドルパサーと、
「ゆっくり休んで」
というセリフのフジキセキのスタンプが送り返されてきた。
(なんだよ……そんな優しい言葉をかけて来るなんて……)
決して相手に伝えるつもりはないけれど、静養中で心身ともに弱ったいまのボクには、その言葉が、やけに身にしみる。そんな風に感じつつ、クーラーの良く効いた自室で動画サイトを巡回していると、
「すぐに家に行くわ」
という言葉のとおり、三十分も経たずに竜司が我が家を訪ねてきた。
「思ったより顔色は良さそうだな?」
「顔色はともかく、顔は悪くないつもりだけどね?」
部屋に入ってきた親友の第一声にボクが返答すると、竜司はニヤッと笑ったあと、ホッとしたような表情で言葉を返す。
「それだけ言えるなら、メンタルもだいぶ回復してそうだな?」
「その方面に関しては、残念ながら、自分では良くわからないけどね……ところで、今日はなんの話し? なにか伝えるべきことがあって、来てくれたんだろう?」
「あぁ、そうだな。昨日、鳳花先輩に牛女の一件に関するオレなりの見解を聞いてもらったあと、彼女から、今回の企画で起きた騒動について、オレたちに対する責任の取り方を提示されたんだよ」
「そっか……まあ、当然だよね。当面の活動自粛くらいは、覚悟してるよ」
会議室で倒れてから、一時的な入院となった日、病院のベッドで横になりながら、ボクは夏休みに入ってからの自分の省みていた。動画の再生数にこだわるあまり、友人やクラスメートを含めて、多くの人に迷惑を掛けてしまったのだから、鳳花部長から、なにかしらのペナルティが課されるのも当然のことだ。
そう考えて、口の端を結びながら、自分たちに対する処遇の内容について、耳を傾ける。
すると、竜司は苦笑しながら、「ただの活動自粛なら、そっちの方が良かったかもな……」とつぶやいたあと、肩をすくめながら、その内容を聞かせてくれた。
「条件付きながら、オレたちに課された処分は、校内の部活動の合宿に帯同して密着取材をすることだ。鳳花先輩が言うには、それが、広報部にとっての責任の取り方だそうだ」
「えっ、他のクラブの合宿に密着するの? それで、条件付きって言うのは……?」
「それは、もちろん、壮馬の体調だよ。すぐに退院できたのは良かったけど、無理強いはできないだろ? まだ、療養が必要なら、オレ一人で合宿に参加するが……」
竜司が、最後まで言い終わる前に、ボクは、声を張り上げていた。
「なに言ってるんだ! ボクも参加するよ! その合宿は、いつから始まるの?」
「合宿の開始日は、8月10日からだそうだ。夏休みの終わりに支部大会を控えている吹奏楽部が毎年、行っているものらしい」
「来週の10日? それなら、大丈夫だ! 担当の医者 からも、『一週間程度の経過観察のあとは、普段と変わらずに過ごせるだろう』って言われているから!」
勢い込んで語るボクに、竜司は「わかった」と即答し、こう付け加えた。
「それなら、美奈子さんにも確認して、許可が出たら一緒に合宿に行こう。ただし、それまでは、シッカリと自宅で休んでおけ。あと、牛女に関わる動画やサイトは閲覧禁止な」
親友の言葉に、今度は、ボクが「わかったよ」と応じる。
ボクの返答に、竜司はすぐにうなずいた。
「おう、鳳花先輩にも伝えておく」
「うん、頼んだよ。ところで、竜司は他にボクに言いたいことはないの? あの時に見た牛女のこととか……」
ボクが気になっていたことをたずねると、親友は「う〜ん」と唸ったあと、
「正直なところ、最初に目撃した牛女と次の日、オレたちの目の前にあらわれた牛女は別のヤツなんじゃないか、という気がしているんだが……オレは、もうこの件に関して深追いするのはやめることにしようと思っている。アレは、『これ以上、この問題に触れるな』っていうオレたちに対する警告だったんじゃないか、と思うんだ。壮馬も含めて、アレ以降、ロクな目に遭っていないしな」
と、サッパリとした表情で言い切った。
その言葉に、自身の言動を省みたボクも、「うん……たしかに、そうかも知れないね」と同意する。
そんなボクに、「ただ、言いたいことと言えば、今回のライブ配信で、ひとつだけ後悔していることがあるんだ」と、竜司は言った。
「えっ、なんだよ? 後悔してることって?」
「あぁ、満地谷墓地で配信をする前に、墓地の少女像について話したことがあっただろう? あのボールを抱えた少女の像については、やっぱり、『火垂るの墓』と結びつけて語るべきじゃなかったと思うんだ。壮馬も知ってるように、オレの父親も、あの墓地の片隅で眠ってるからな。事故で亡くなった女の子のことを思ってあの像が建てられたという話しが本当だとしたら、オレには、その家族の気持ちがわかる気がするんだ」
そこまで言ったあと、
「そのことをライブ配信前に、壮馬に伝えられなかったのは、オレの過ちだ。すまん……」
親友は、そう言って頭を下げる。
「な、なんだよ。そこは、竜司が謝るところじゃないだろう?」
ボクが慌てて返答すると、
「それでもな……これは、オレの気持ちの問題だから」
と言って、竜司は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
こうした親友の言葉に、ボクは自分と彼の性格の違いを思い知らされる。
もし、逆の立場だったら、自分から友人に対して頭を下げることなんて、できないと思うのだ。
「その点については、ボクも反省している。今後は、気をつけるようにするよ」
本当は、こんな軽い言葉で許されるはずなど無いとわかってはいるけど、いまの自分には、そう言葉を返すのが精一杯だった。
そう言えば、病院で意識が戻ったときに、真っ先に連絡をくれた天竹さんが、
「黄瀬くんのことも心配ですが、今回は、黒田くんも色々と頑張ってくれたと思います。私は、彼のことを誤解していたみたいです。黒田くんは、ひとつの物事にすごく一生懸命になる人なんですね。時間ができたら、彼の行動もねぎらってあげてください」
と言っていた。
(いや、そんなことはボクが一番よく知ってるから……)
と感じつつ、クラスメートとの通話を終えたことを思い出す。
(夏休み前の活動で、少し自信はついたけど……まだまだ、竜司には敵わないことが多いな……)
自虐的な笑みを浮かべながら、自分自身の最近の言動をあらためて反省する。
そんなボクの頭には、普段から鳳花部長が良く口にしている言葉が浮かんだ。
「広報活動に使われるPRって言うのは、『パブリック・リレーションズ』のこと。『クライアントと利害関係者との間に継続的な信頼関係を構築する』という意味ね。一方で、政治宣伝は、自分たちの都合の良いことのみを強調して、意図的に特定の思想や行動へと誘導うする』こと。私は、広報部の代表者として、いつも、この二つのことに注意しながら活動しているの」
ボクは、その言葉の意味が、ようやく理解できた気がした。
「竜司、吹奏楽部の合宿では、シッカリとブラバンの魅力を伝えられるようにしようね!」
そう言葉をかけると、親友は、
「おう、もちろんだ!」
と、大きくうなずいた。




