第4章〜都市に伝わるあるウワサについて〜⑬
「たしかに、『自分たちのやり方を貫いて、ナニが悪いんだ?』と、開き直ることも可能かも知れません。マスメディが昔から、ビジネスや客の興味優先でデマを広めてきた歴史だってあるんだから、と……だけど、満地谷墓地と柔琳寺の件で、オレは考えをあらためました」
こちらの言葉を黙って聞きながら、彼女は、表情を変えることのないまま、小さくうなずく。
その仕草にうながされるように、オレは言葉を続けた。
「満地谷墓地の少女像は、事故で子供を失った遺族が建てたものだと聞きました。オレの亡くなった父親も同じ墓地に眠っているから、その女の子の家族の気持ちはわかる気がします。自分たちの大切な家族を偲んで作った像を『アニメに出てきた少女がモデルだ』と、まったく別の話しを広められて快く思うことは無いだろう……あの時、友人に話すことは出来なかったけど、いまは、確信を持って、そう伝えることができます」
オレが断言すると、店主は、目を細めて、「そう……」と、一言だけつぶやく。
ただ、いつも表情を変えることが少ない彼女のほおが、ほんの少し緩んだような気がした。
その微かな表情の変化を意識しながら、オレはふたたび言葉を続ける。
「柔琳寺の件についても同じです。牛女のウワサが広まったことで、ご住職やお寺の関係者がされた苦労を聞くと、オレたちが、ライブ配信でやろうとしていたことは、ただの高校生のイタズラとして済むような話しじゃなかった。19世紀の新聞メディア、20世紀後半の雑誌やテレビ、そして、最近のネット動画の配信は、素早く情報を広めることが出来る反面、みんな同じ危うさを抱えている。自分たちは、そのことをもっと強く認識しておかないといけなかったんじゃないか、いまは、そう考えています」
そこまで語ると、女性店主は少しの間、目を閉じたあと、キセルの煙を静かにゆっくりと吐きながら、こう言った。
「自分たちの行動を省みることが出来るのは、良いことだと思うわ」
「いえ……少なくとも、墓地でのライブ配信が終わった時に企画を中断する機会はあったのだから、それが、出来なかったのは自分たちの失態だと思います。これで、柔琳寺の関係者にまで迷惑を掛けていたら、オレは、こうして、あなたに話しをすることすら出来なかったでしょう。オレたちのライブ配信について、柔琳寺から許可が出なかった際に、どのような経緯があったかはわかりませんが、いまは、自分たちのオファーをキッパリと断ってくれたことに感謝しています」
柔琳寺のご住職の穏やかな対応から考えて、ライブ配信の取材を断ったのは、お寺の関係者ではない、とオレは予測していた。店主に対する遠回しの謝礼の言葉だったのだが……。
「アナタが、どう言う意図で感謝の言葉を述べているのかはわからないけれど……その気持ちは、先方にも伝えておきましょう」
彼女はそう言って、オレの言葉をはぐらかし、続けて問いかけてくる。
「そこまで色々と把握しているならアナタなら、牛女に関するウワサが、どうして、この界隈でだけ広まっているのかについても目星が付いているのかしら?」
「えぇ、自分ではそのつもりです。自分たちの住む県には、いまや世界的に有名になったブランド牛肉がありますから……豚肉よりも牛肉を好む食文化と、肉牛の解体に関わる職業の人たちが、かつて、どのように見られていたかを考えれば、小松左京の『くだんのはは』の登場人物である女性の主に対する主人公の複雑な感情も、より深く理解できるような気がしました。その意味でも、牛女というのは、非常に魅力的なトピックなんですけど……オレは、この件について、これ以上、調査を続けたり、誰かに話したりすることは無いと思います」
オレが、そう返答すると、彼女は、
「そう……賢明な判断ね……」
と言って、さらに目を細めた。
ちなみに、細かなことを言えば、実は、牛女に関する目撃談は、自分たちの住む地域だけでなく、大津波に襲われた東日本地方にも存在していると言う。たしかに、この点は、人災や天災のたびにあらわれる牛女や、くだんの特徴と合致している。
ただ、大震災の際のその目撃談は、牛女の引越しを示唆した柔琳寺のご住職が、「すいません牛女はどこに引越ししたんですか?」とたずねられたとき、答えに窮して、「東北地方と聞きましたが……」と返答してしまったことに起因しているのではないか……と、オレは考えている。
そして、牛女に関して知り得た情報を広めないというオレの判断に異を唱えなかった女性店主に、「ありがとうございます」と礼を述べながら、オレは、気になっていることを最後に問いかけてみた。
「ところで……最後のライブ配信を行った翌日、夫婦岩まで撮影用のスマホを探しに言ったら、そのスマホが落ちていた場所のそばに、こんな物が転がっていました」
そう言って、自分のスマホで撮影した、工事現場などで使用する高強度のポリエチレン繊維『テクミロン』を素材としたテックロープという縄状のモノを店主に見せる。
「これは、映画や舞台で行われるワイヤーアクションなどで使用するロープだそうですが……落とし主に心当たりがあれば、回収するように伝えておいてくれませんか?」
オレは、彼女に伝えてから、古美術堂をあとにすることにした。




