第4章〜都市に伝わるあるウワサについて〜⑪
「なぜ、この地方にだけ、牛にまつわる逸話が語り継がれているのか……それを考える前に、もう一度、アメリカのウィンチェスター家の幽霊屋敷騒動について考えてみようと思います。鳳花先輩は、以前、オレと天竹がこの件について調べていると話しをしたときに、『他のメーカーの創業家にも、こんな呪いのウワサが付きまとっているのか?』と、疑問を口にしていましたよね?」
「えぇ、たしかに。アメリカには他にも銃器メーカーがあるのに、ウィンチェスター家だけに、呪いの伝承が伝わっているのだとしたら、違和感がある……と言うか、そこに何らかの意図があるなじゃないか、と勘ぐってしまうわね」
「天竹たち文芸部のメンバーは、その点についても調べてくれたようです。多数の犠牲者を出した突撃銃AK−47で知られるミハイル・カラシニコフや、ウィンチェスター家ともゆかりのあるブローニングM2重機関銃のジョン・ブローニング、拳銃のデザートイーグルで有名なマグナムリサーチ社のジム・スキルダムなど、世界の銃砲メーカーの一族の周囲ではこういった逸話は特になく、『なぜウィンチェスター家にだけ奇怪な現象が発生したのか?』という点については、考察の余地がある、と文芸部員たちは考えたそうです」
オレが返答すると、先輩は、
「私と同じ観点で物事を見る人たちがいて嬉しいわ」
と言って微笑んだ。
そんな先輩の言葉に親しみを覚えながら、オレは報告を続ける。
「なぜウィンチェスター家にだけ奇怪な現象が発生したのか? この疑問について、天竹たち文芸部員は、その要因には、アメリカ人の罪悪感とともに、当時の社会の無意識の女性蔑視の感情が潜んでいるのではないかと考えているそうです」
「アメリカ人の罪悪感と女性蔑視と言うと……?」
「銃器メーカーの創業者一家に、殺された者たちの呪いが降りかかるという伝承は、建国以来、銃によって領土とを自由を勝ち取ってきたと自負する合衆国の負の側面という認識が、アメリカ人の無意識下にもあるそうです。さらに、信頼できる文献によれば、幽霊屋敷騒動の主人公であるサリー・ウィンチェスターは、当時の女性としては珍しくビジネス面での才覚を発揮して不動産事業で利益を上げ、不況下でも労働者や東洋系の移民に対して安定的な雇用を提供していたそうです。さらには、慈善活動として匿名での寄付も行っていた、という証明書なども残っているようです」
「女性にもかかわらず、そうした行動を行う彼女に、やっかみの感情が生まれて、幽霊屋敷の騒動が面白おかしく語り継がれた、と――――――?」
相づちを打つような仕草で確認するように問いかける上級生にオレは、うなずきながら答えた。
「文芸部のメンバーは、そう考えていると、天竹は言っていました」
「そう……女性の視点から言わせてもらえば、それなりに説得力のある考え方ね。ところで、牛女については、そうした点は、関係しているのかしら? たしか、貴方たちが話していた『くだんのはは』という短編小説でも、大きなお屋敷に女性主人が住んでいるというストーリーじゃなかったかしら?」
さすがは、鳳花先輩というか、夏休み前に天竹が説明してあらすじを良く覚えているものだ。
そんな上級生の記憶力に感心しつつ、オレは、自身の考えを披露する覚悟を固めた。
「自分たちの住む地域だけで、牛女の伝承が伝わっている理由について、オレは、地域の食文化も影響しているんじゃないかと考えています。先輩には説明する必要はないと思いますが、関東ではカレーや肉ジャガなどに、豚肉を使うことが多いそうですが、こちらの地方では、牛肉を使うことが多いですよね? さらには、この地域には、『KOBEビーフ』という、世界的なブランドになりつつある食肉文化があります」
自分の持つ情報と知識を総動員して語る言葉に、鳳花先輩は、タイミングよく相づちを打ってくれる。
「昔から、牛肉を食用としてたしなむ文化が盛んなこの街には、牛の屠殺場があったようです。これは、北口駅のそばにあった野球場の思い出を語ってくれご老人から聞いた話しなんですが、いまはキッズパークになっている場所は、かつて屠殺場だったそうで、芸術文化センターが建設された文化的なエリアも、球場があった頃は、今とは、かなり雰囲気が違う場所だったとか……」
「そうした話しは、私も聞いたことがあるわ。北口駅の南側の野球場は競輪場にもなる独特なモノだったそうね。でも、黒田くん……屠殺場の話しまでたどり着いたということは、かつて、そうした職業に関わっていた人たちが、どのような境遇にあったのかも認識しているのよね?」
これまでの穏やかな表情から一転して、鋭い目つきで問いかけてくる先輩に対して、オレは、黙って一度だけ首を縦に振る。
すると、こちらの反応を確認した鳳花先輩は、小さくうなずいたあと、キッと唇を結んだあと、すぐに頬をゆるめて、こう言った。
「それじゃあ、このお話しは、ここでお仕舞いね。黒田くんの言いたいことはわかったわ。そして、貴方も、これ以上は、自分の口から語りたくはない……そうじゃない?」
そんな彼女の言葉に、オレは感嘆するような想いで、「はい、そのとおりです」と答える。
先ほど感じた天竹の語った『くだんのはは』のあらすじを覚えていたこともそうだが、それ以上に、こちらが考えていることを的確に察して、配慮してくれたことに頭が下がる想いだ。
自分から話しを聞いてほしいと要望したにもかかわらず、中途半端なところで話しを終えることに罪悪感を覚えるが、花金鳳花という上級生は、そうしたことまで含めて、腹に収めてくれた。
そして、彼女は、
「いま、私に語ったところまで話せば、古美術堂の幽子さんも納得してくれるんじゃないかしら? あとは、一緒にランチを楽しみましょう?」
と、オレがもっとも欲していた太鼓判を押し、昼食を取るように提案してきた。
ただ、鳳花先輩らしいところは、その昼食時に、今回の自分たちの行動に対する責任の取り方も一緒に提示してきたのだが――――――。




