第4章〜都市に伝わるあるウワサについて〜⑨
『牛女は残念ながら引越しされました』
そんな立て看板のおかげで、柔琳寺の牛女騒動は、幕を閉じたかと思われたのだが……。
表情に陰りが見えたご住職の話しは、さらに続いた。
「牛女が引っ越したという看板を立ててから、10年ほどが経ったころ、あるテレビ局から電話がありました。『お寺を舞台にテレビ撮影をさせていただきたい』と……。何の撮影かと聞くと、ある番組の収録であるということでした。企画内容を聞くと『超有名なタレントがお寺に泊まって留守番をして、お寺の体験をするという企画で、その撮影である』という説明でした」
「知り合いにテレビ関係の方もたくさんおられますので、柔琳寺を選んだのかなとも思いましたし、柔琳寺のみならず、寺という場所が『心のよりどころ』として、特に若い方々に親しんでいただけるようにならなくてはいけないという考えを普段から持っていましたので、大変良い機会であると思いお話を聞くことにしました」
「プロデューサーが来られて、実際に企画内容を聞くと、『牛女』にまつわる伝説にからめてのバラエティー番組であるということでした。『牛女』と聞いて、当然お断りしました。しかし、テレビ局はあの手この手で撮影許可を求めてきました。しかし、そのような番組でおもしろおかしく放映されてしまえば大変なことになるという理由から何度もお断りしたのです。すると、『企画を変えての撮影ではいかがでしょうか? 住職の言うとおりにしますから……』と言ってきたのです」
「そこで住職としての見解をお話させていただいたのです。寺とは、イメージ的にお葬式・法事をする場所と思われがちだが、そうではない。むかしは寺子屋といって、地域の子供たちの学校であり、また役場の代わりをする場所であり、集会所であり、いわゆる人々が集まる場所であった。しかし、いつの時代にか変わってしまった。大変残念なことである」
「また、現在の社会全体も歯車が狂ってしまってどうしょうもない状態と言っても過言ではない。特に『こころ』の貧困が問われる昨今、世間に大きな影響を与えることが出来るテレビを使って、メッセージをながせばかなりの効力が得られると思っていた。そこで、今回の企画の中で、寺への導入口として『お化け』を使うのは仕方がないが、最終的に夜の寺の顔と朝の寺の顔が全く違うという映像をながしていただきたい。夜は『お化け』が出そうで恐いイメージがあるが、朝は鳥がさえずり実にすがすがしい。
人間の『こころ』も同じで、辛いとき悲しいときがあれば楽しいときうれしいときがある」
「そういった『こころ』を扱うのが本来の寺の姿なんだよというメッセージを超有名タレントに私がお話をする。その話に答えて超有名タレントがコメントをする。人間、誰でも辛くなるとき苦しくなるときがある。そんなときに近所のお寺・神社・教会など、どこでもいいから門をたたいてごらん。きっと、やさしく迎えてくれて話を聞いてくれるよ。そんな企画案を出したのです。するとそのプロデューサーは、『そのとおりにしましょう』と言いました。そして、いよいよ撮影になったのです」
「しかし、撮影当日、寺から住職をはじめ、寺のものは別の場所に移動させられ一夜が明けました。何が撮影されているのかわからない状態だったのです。そして、撮影が終わりました。住職として、どのような番組の仕上がりになっているのか前もって確認しておけばよかったのですが、確認する時間もなくオンエア-当日になりました。テレビに映し出された内容を見て、『だまされた……』と思いました」
「メッセージなどまったくなく、ただのバラエティー番組……まるでお化け寺のイメージで映っているではありませんか……あいた口がふさがりませんでした……その後、テレビ局に抗議の電話はしましたが、オン・エア-のあと……いくら謝罪されたところであとのまつり……しかも全国放送だったのでかなりの問い合わせがあり、二年間ほど釈明するのに大変でした」
「その後、テレビに映ってから後、夜中の訪問者が再び増えたのは言うまでもありません。しかし、最終的に撮影許可をしたのは住職ですから、仕方ありません。夜の訪問者に対しては、地道に注意をしています。いつかこの噂が消滅して、一日も早く静かな柔琳寺になることを願っています」
ご住職の話しは、ここで終わった。
なんのことはない、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスと同様に、柔琳寺の騒動もまた、マスメディアが作り上げた怪談だった訳だ。
望まないまま、その騒動の当事者となってしまったご住職の体験に同情しつつ、自分たちもまた、ライブ配信という手段で、無責任な雑誌メディアやテレビのバラエティ番組と同じことをしようとしていたことについて、大いに反省する。
「もし、撮影の許可をもらっていたら、自分たちも雑誌やテレビ局と同じことをしていたかも知れません。申し訳ありませんでした」
お話しを聞かせてもらったあと、頭を下げて謝罪すると、ご住職は、落ち着きはらった表情で応答した。
「いやいや、私のところに話が来る前に、幽子さんが断りを入れてくれたみたいですからな。それより、暗い場所での撮影は、お気をつけなさい。どんなことが起こるか、わかりませんからな」
責任を取らないメディアや、無許可で肝試しを行っていた訪問者と同じようなことを考えていた相手にも、穏やかに対応してくれたご住職の懐の深さを本当にありがたく感じつつ、最後に、聞き取り調査に応じてくれたことと、自分たちへの寛大な対処について、感謝の言葉を述べてから、オレは、柔琳寺をあとにした。




