幕間〜うしおんなに関するウワサについて〜③
そうか……あの震災から、もう30年にもなるのか。
あのあと、東日本ではもっと大きな被害のでた地震があったから、もう忘れられていることも多いけど……。
あの時に見た異常な光景は、いまだに忘れられないんだ。
あれは、震災が起こって、何日か経った頃のことだった。
東京から、急遽、駆けつけた自分たち警備員は、土地勘の無いまま、瓦礫のようになった街で一生懸命、警備の仕事をしていたんだけど、とにかく、身体が疲れていたことを覚えている。いまよりも、ずっと若かったはずなんだけどね……(笑)。
そのとき、自分が居た場所は、芦矢の街だったと思う。
「ここが、高級住宅街で有名な街かぁ。いいところのお嬢さんたちがこの街に住んでいるのかなぁ?」
なんて考えながら、自分たちの仕事のかたわら、瓦礫の片付けの手伝いをしていたのを覚えている。
さっき、身体が疲れていたって言ったのは、あの当時は、自分たちにロクな宿泊施設が用意されていなかったんだよね。肉体的な疲労を感じたのは、間違いなく、そうした環境のせいだった……と、いまになって思う。
まあ、自宅で震災の被害に遭った人たちは、自分たちよりも大変な思いをしたんだろうけど……。
そんな環境だったからか、夜もなかなか眠れず、真冬の朝の寒さで目が覚めたときのことだ。
自分たちが寝泊まりしていた芦矢の市街地から山の方を眺めると、早朝の明るくなりかけた空の下で、ボウ〜っと、ほのかに輝く明かりが灯っているのが見えた。
「こんな時間になんだろう? 地震で亡くなった人の葬列なのか?」
なんて、寝ぼけた頭で考えていたけど、おかしなことに気づいた。
葬式の参列したのかと思っていた人たちは、みんな真っ赤な和服の着物を着ている。この衣装は、どう考えても葬列にしては不自然だ。
そして、なにより恐ろしいことに、赤い着物の首から上には、長い鼻面とツノが付いていたんだ!
そう、あの顔は、どう見ても人間ではなく牛そのものだった。
そのことに気づいた瞬間、急に恐ろしくなって、薄い布団にくるまりながら、起床時間になるまで、ガタガタ、ガタガタと震えていた。
バカバカしい見間違いだと、思うだろう?
実際に自分も、肉体的な疲労と知らない土地での緊張感のせいで幻覚を見ただけだろう、と自分自身を納得させようと思ったこともある。
だけどな……。
数週間後に会社に戻って、他の警備員の報告書を読む機会があったとき、本当に驚いた。
自分と同じように被災地入りした同僚の警備員が何人も、自分と同じような牛面の人が音もなく歩いているのを見たという報告を上げていたんだ……!
(60代・首都圏在住・男性)




