第3章〜汚れた聖地巡礼について〜⑪
「あら、ずいぶんと興味深いモノが写っているわね」
映像を確認しながら、亜慈夢古美術堂の店主はつぶやいた。
いつものように、クツクツ……と妖しげに笑うこの店の主に対して、オレは単刀直入にたずねる。
「ここに写っているモノは、いったい、何なんですか? 誰かの悪戯にしても手が込みすぎていると思うんですけど?」
無理は承知の上で、彼女の真意を探ろうと、表情の変化を見逃さないように、美しく整った顔を凝視したが、相変わらず、そこに何らかのゆらぎを見出すことはできない。
「いったい、何なんだと聞かれても、見たまんま、アナタたちが興味津々で追っていた牛女でしょう?」
相変わらず、幽然とした態度で返答する店主に、若干の苛立ちを覚えながら、オレは反論するように問い返す。
「そう、たしかに、見た目はそのとおりです。けれど、そんな妖怪じみたモノが、この世に存在するのか? って話しです」
あくまで感情を抑えながら問いかけると、店の主は、フッと軽く息をついたあと、
「アナタは人智を越えた存在というモノをハナから信じていないのね?」
と言葉を漏らした。
「幽霊やモノノケの類をまったく信じていない訳じゃありませんけどね? 昨日、オレたちの目の前にあらわれたアレは、明らかにそう言ったモノとは違っている考えているだけですよ。 自分たちの目の前にあらわれたタイミングと言い、その後に目撃談が報告されていないことと言い、まるで、オレたちを驚かせるためだけに、出現したようだ」
オレが、そう答えると、店主はまたも妖艶な笑みを浮かべながら、
「ずいぶんとカンが鋭いのね」
とつぶやいて、さらに、こう付け加えた。
「いまの私には、この映像に写っているモノがなんなのか答えられないのだけど……必要なら、この怪異がなんなのか調べておくわ」
「えぇ、ぜひ、よろしくお願いします」
こう答えはしたのだが――――――。
(この店主は、何かを知っていて隠している)
という疑念とともに、
(壮馬の言うように、結局、ナニもわからなかった……)
という落胆の感情が表情に出てしまったのかも知れない。
「あら、ガッカリさせてしまったかしら? それは、申し訳ないわね」
店主は、そう言って澄ました表情のまま謝罪したあと、話題を変えるように、「ところで……」と言葉を続けた。
「その牛女の言い伝えのことだけど……サンノゼの幽霊屋敷との共通点は、もうわかったの?」
露骨に話しを逸らされたようで、不快に感じずにはいられなかったが、そのことを表情に出さないように努めながら答える。
「いえ……まだ、はっきりとしたことは……ウィンチェスター・ハウスの件については天竹が調べてくれることになっているので、その報告待ちと言ったところです」
他力本願の返答であることを自覚しながら問いかけに答えると、予想どおり店主は、質問を重ねてきた。
「それでも、牛女については、アナタなりに調べたり聞き取ったりしたことはあるんでしょう? いま、わかっていることだけでも聞かせて」
彼女が言ったとおり、オレは夫婦岩の下見に行った日とライブ配信本番の日の間に、牛女に関する聞き取り調査を行っていた。こちらの行動を見透かしたような店主の問いかけに、オレは頭の中身を整理しながら答えることにする。
「この前、話しを聞かせてもらった吉田さんに知人を紹介してもらって、色々と話しを聞かせてもらったんですけど……小松左京の『くだんのはは』と違って、聞き取った話しから牛女が近い未来の吉凶を予言したという話しは、まったくと言っていいほど出てこなかったですね。やはり、予言をするのは、人面牛のくだんに限った話しではないかと言うのが、オレの見立てです」
スマホに記録していたメモを頼りに返答すると、「ふぅん……」と、店の主は興味深そうな表情を見せた。
「他にわかったことがあれば、続けて……」
「聞き取りができたのはまだ、10例ほどなので数は多くないけど、聞き取りの結果だけだと、牛女が予言をしたり、なにか大きな災厄をもたらしたり、という報告例は皆無と言えます。牛女の目撃談は、周りの動物や家畜を貪り食っていた、というエピソード以外は、ただ黙って自分たちの方を見たあと、姿を消したという話しの方が多かった……ちょうど、昨日、オレたちの目の前にあらわれたように、ですね」
カマをかけるように、もとの話題に戻そうと揺さぶりをかけてみたが、残念ながら、相手はこの程度で動揺するようなタマではなかったようだ。
「そう……まだ、聞き取りの数は、そう多くないみたいだけど、いまの時点でわかったことや気づいたことは無いの?」
会話をコントロールされているな、と感じるものの、この相手に何らかの抵抗するのは無駄だと考えて、ここは素直に質問に答えておくことにする。
「それじゃ、不思議に感じたことを、ひとつだけ。いわゆるミノタウロス型の牛面の怪物の目撃談があるのは、ウチの市内と隣の芦矢市だけ。それより西の六匣山の方では、人面牛のくだんタイプの話しになるし、武甲川の対岸の東側でも牛の首を使った雨乞いの儀式の言い伝えがあるのに、牛女の目撃談や伝承は皆無らしいってことまではわかりましたよ。なぜ、牛女の言い伝えは、この狭い地域に限られているのか? あるいは、市内だけで、戦時中から伝わっている大金持ちの畜産業者のエピソードがなにか関係があるのかも……」
最後は、自分の考えを整理するために、独り言のようにつぶやいたのだが、店の主は、これまでにないくらい興味をかきたてられたように目を細めたように、オレには見えた。




