第3章〜汚れた聖地巡礼について〜⑧
暗闇の中、巨石に飛び乗った存在をキーチェーンライトで照らすと、それは、眩しそうに片手を顔の前で覆う。
半分が手に覆われた顔を見上げると――――――。
長く伸びた鼻の下に大きな口が付いており、頭部には、小さな耳とともに、横に広がるようにツノが生えている!
「お、おい! なんだよアレ!?」
パニックになったオレが叫ぶと、スマホの画面越しにその姿を確認したのか、壮馬が絶叫した。
「う、う、うしおんなだ~~~!」
親友の言葉に反応して、もう一度、巨石の上に立つ異形のモノの姿を確認すると、牛のような頭部の下には、女性が着る赤い着物のような衣装が目に入った。
その異形の怪物は、見下ろすようにオレたちの方に目線を向けているように感じられた。
「マ、マジでホンモノなのか……?」
想定外の事態に絶句しながら、親友に目を向けると、
「これは、すごい映像になりそうだ……」
と、恍惚とした表情でつぶやいている。
「ナニやってるんだ、壮馬! 逃げるんだ、早く!」
自分たちの考えたシナリオに無い急展開とは言え、この場から立ち去らなければいけないだろうことは、間違いない。スマホを構えたままの体勢の親友の身体を揺さぶりながら、正気に戻るように促し、この場から離れるように語りかけるのだが……。
「竜司こそ、ナニ言ってるんだよ! こんなチャンスは滅多にないんだ! あの牛女を映像に残さなきゃ!」
目の前の異様な状況に興奮状態の友人に対して、思わず胸ぐらを掴んで諭すように声をあげる。
「バカヤロー! アレが何だかわからない以上、すぐにこの場から離れるんだ!」
そう言って、壮馬の正面に立ちながら、上半身ごと相手の身体を揺すると、
「あっ……!」
という声とともに、親友の手元からスマホが地面に転げ落ちる。
「スマホは放っておけ! 行くぞ、壮馬!」
車が近づいて来ていないことを確認しながら、親友の手を無理やり掴んだオレは、相手の手を引っぱりながら、急いで車道を渡る。
「な、なにがあったんだ? 岩の上にいるアレは、いったい何なんだ!?」
歩道側からオレたちのようすをうかがっていた緑川が、焦ったようすで問いかけてくる。
「オレたちにもわからん! とにかく、この場から離れるぞ! 撤収だ!!」
クラスメートの声に返答したオレは、緑川に預けていた懐中電灯などを含む機材一式を受け取り、相手の答えを待つ間もなく、バス停に向かって一目散で駆け出す。
「お、おい! 待ってくれよ」
と言いながら、慌ててオレのあとを付いてくる緑川。
一方で、歩道に戻ってきても、壮馬は、まだ巨大な岩の上を見つめ続けていた。
その姿を目にしたオレは、急いで友人のもとへと戻り、ふたたび、手を引いてバス停の方に走り出した。
オレたちが帰りに利用するバスの停留所は、自分たちがいる歩道と反対側の車線にある。
息を切らしながら歩道を走り続けると、程なくして街灯に照らされたバス停が見えてきた。
夫婦岩から四◯◯メートルほど離れた位置にある柔琳寺南口のバス停付近の横断歩道を渡ろうとすると、巨石のある方向から強烈な明るさの光が目に入る。
ナニかが追いかけてきたのか――――――?
一瞬、身構えたが、
「駅に向かうバスだ! あ、あれに乗ろう!!」
と、オレの背後から、クラスメートが呼吸を乱しながら言ってきた。
ゼーゼー、と肩で息をしながらも、懸命にバスを指差す緑川の声に「おう、わかった!」と、応じてオレは、最後の力を振り絞って、バスが横断歩道に近づく前に車道を渡りきり、息を乱しながらもバス停にたどり着く。
他に乗客は見当たらないので、自分たちが停留所に立っていなければ、バスは、柔琳寺南口を通過して、山道を下って行くハズだ。
自撮り棒や照明器具など撮影用の機材を抱えながら猛ダッシュをした影響で、しゃがみ込むような姿勢で両ヒザに手を当てていると、
プ~
という音を立てて、路線バスが停留所に停まった。
「すいません、乗ります!」
バスの運転手に聞こえているかわからないまま声を出し、乗車してから、もう一度、
「すいません、連れが乗ってきます!」
と、今度は前方の運転席に聞こえるように声を張る。
幸いなことに、自分たち以外に乗客はおらず、ほどなくして、遅れていた緑川と壮馬が駆け込むようにバスに飛び乗ってきた。
「ありがとうございます。乗れました」
オレがふたたび声を張ると、
ビ~
というブザー音のあとに、
プシュ~
と、音を鳴らして、ドアが締まりバスが走り出した。
「毎度ご乗車ありがとうございます。このバスは、柔琳寺西回り線です。祝川小学校、祝川駅、さくら祝川駅を経て……」
途中の停留所と終着の停留所を告げるアナウンスが聞きながら、最後方の席に倒れるように座り込んだオレたちは、恐る恐る後方の窓のガラス越しに車道を振り返る。
「アレは、ついてきていないよな……」
二人に確認するようにオレが問いかけると、後方の道路を注視していた緑川が、ぎこちなく、
「あ、あぁ……大丈夫みたいだ」
と応じる。そして、続けてこう付け加える。
「アレは、いったい何なんだ? 二人が用意した仕込みじゃないんだよな?」
その質問に、
「当たり前だろ! オレたちにあんな大掛かりな準備をする時間もカネも無ぇよ!」
と、返答しながら、「そうだ!」と、今さらながらに思いつく。
「ライブ配信をまだ切ってないはずだ! 配信は、どうなってる?」
撮影用のスマホでは、ライブ中継の配信停止のボタンが押されていなかったことを思い出して、二人に問いかける。
自分も含めて、三人が自分のスマホを取り出して、中継中の配信にアクセスしようとした瞬間――――――。
聞き慣れたメロディーとともに、オレのスマホのディスプレイに「着信中」の文字が表示された。




