第3章〜汚れた聖地巡礼について〜⑦
「自動車の追突防止用アラームの誤作動か……かなり具体的なエピソードだな」
サイトの投稿を読み上げた壮馬に返答しながら、いよいよ目の前に迫った夫婦岩を見上げる。
整備されている歩道から、壮馬が購入していた小型高出力のキーチェーンライトを巨石の本体に向けると、周囲の暗がりとは対照的に、巨大な夫婦岩の全体が強烈な光に照らし出され、その明と暗のコントラストが、これまで以上にその存在が不気味なものに感じられた。
休日の夜ということもあり、車通りは少ないものの、オレたちが立っている北向きの車線を走るクルマに注意しながら、ライトの位置を操作して、夫婦岩の中央部を照らすと、二つの岩の間に裂け目のようなものが見えた。
「あれが、例の裂け目か……」
確認するようにつぶやくと、壮馬は「そうだね」と応答しながら、動画配信用のスマホを装着した自撮り棒を手渡すよう、オレに合図をして、自撮り棒を受け取り、巨石がカメラに入るように角度を調整する。
パックリと割れたように見える二つの岩の間には、緑色の葉が繁茂した名前のわからない木が生えていた。
「さあ、あの裂け目にナニが潜んでいるのか確認しに行こう」
「おいおい、ホントに行くのか?」
歩道から車道に乗り出そうとする親友にたずねると、「モチロンさ!」と、一言だけ告げて、車道のクルマに注意を払いながら、ズンズンと巨石に向かって歩いて行く。
前のめりになって夫婦岩に向かう壮馬をオロオロと見ている緑川に対して、
(そこで待っていてくれ)
と、合図を送ったオレは、急いで友人の後を追う。
「スペースにも制限があるし、ここからは、手持ちにしようか?」
壮馬は、そう言って動画撮影用のスマホを自撮り棒からはずして、リアカメラに切り替えてカメラレンズをこちらに向ける。
「それじゃ、ホーネッツ1号、現場に立った感想と実況をお願い」
スマホを構えながら唐突なリクエストを行うカメラマンに対して、
「いきなりかよ! 無茶振り過ぎるだろう!?」
とツッコミを入れつつ、レポーター役をこなすことにする。
「え~、只今の時間は、7月31日午後7時40分。県内最恐の心霊スポットと言われている夫婦岩の横に立っています。今回の企画『夏の心霊スポット・ツアー』も、いよいよ最終回ということで、この夫婦岩にまつわるウワサの真相に迫ってみようと思います」
カメラに向かって、即興で、現地レポートを行うの真似事のようなことを話すと、撮影役に回った壮馬が、
「それじゃ、視聴者のみなさんのご要望もあることだし、夫婦岩の周りを探ってみよう!」
と、声をかけてきた。
スマホのディスプレイを視認できないこちら側では確認することは不可能だが、ライブ配信のチャット欄の書き込みには、夫婦岩の本格的な探索を要望するコメントが書き込まれているのかも知れない。
(やっぱり、やることになるのか……)
心のなかでため息をつきながらも、ここまでは数日前に行った打ち合わせどおりだし、腹をくくるしかない、という境地で、キーチェーンライトを片手に、暗闇に包まれた巨石の周辺を回ることにした。
県道のど真ん中に位置する巨大な岩の外周の路面は、いわゆるゼブラゾーンと呼ばれる斜線が記された導流帯となっている。この表示は、「車両の安全かつ円滑な走行を誘導する必要がある場所」に設置されている。
多くの場合、交差点付近の右折レーンや左折レーンの手前に設けられているのだが、つまるところ、このゼブラゾーンが設置されている場所は、複雑な交差点や、広すぎたり変形していたりする交差点の手前、または車線数が急に減少する道路など、交通渋滞や交通事故が起きやすい箇所であるとも言える。
自動車免許の取得可能年齢に達していないオレは、当然、自動車を運転することはないが、通常のドライバーはゼブラゾーンに進入することはしないということを聞いているので、自動車の通行に気を配りながら、ゼブラゾーンをはみ出さないように巨石の外周をゆっくりと見て回る。
タテ幅5メートル、ヨコ幅2メートルあまりの夫婦岩の周囲を慎重な足取りで歩きはじめると、背中の方から、
「最後は、やっぱり、あの裂け目の中を覗いてみないとね~」
壮馬が、あおるように言葉を投げかけてくる。
「岩に触って、なにか祟りがあっても知らないぞ? ただでさえ、真横をクルマが横切る場所なんだから、おふざけは禁止だからな?」
二日前のリハーサルどおりの言葉をカメラに向かって語ると、撮影係の親友は、またも背後から語りかけてきた。
「おぉ、ここに来て、ホーネッツ1号がビビり始めています。今日は、ヨツバちゃんがこの場所に居なくてよかったね?」
「うるさいな! 余計なこと言ってるんじゃねぇよ!」
打ち合わせになかった言葉にイラッとしながらも、巨石周回の終盤に差し掛かると、スタート地点のそばにあった、岩の裂け目に行き着いた。
「じゃあ、いよいよ、裂け目の中を確認するよ~」
撮影役の壮馬が、リハーサルの時と寸分違わないセリフを口にして、カメラを夫婦岩の裂け目に向けた瞬間――――――。
暗闇の中で、何かが光ったと思ったら、その怪しい光源は、2メートル以上もある高さの巨石に飛び乗るように舞い上がった。




