第3章〜汚れた聖地巡礼について〜⑥
「おいおい、そんなことをして、ホントに大丈夫なのか?」
「これまでは、単純にホラー・スポットを探訪するだけだったからね。せっかくの最終回だし、少しはチャレンジ的なこともしてみようよ」
「ちょっと、待て! それ絶対に言ったらアカンやつやん! 余計なフラグを立てるなよな」
ここまでの会話は、このあとに壮馬が計画していることを考えれば、完璧な流れだと思うが、「余計なフラグを立てるな」と言うのは、ここ最近の友人の言動に危うさを感じているオレの本音でもあった。
「まあまあ、別に危険なことをするわけじゃないからさ。それより、そろそろ、今回ボクたちがこの夫婦岩を目指してきた理由を視聴者の皆さんに伝えておかなくちゃ」
「あぁ、例のうしおんなのことか?」
「そう! いま、ホーネッツ1号が言ったように、ボクたちは、市内各地で目撃談がある牛女という怪物の存在を追って、この場所にやってきました」
「牛女は、戦時中から目撃談がある息の長い都市伝説だからな」
「ここで、牛女について、基本的なことをおさらいして良いかい?」
「あぁ、オレたちにとっては、耳馴染みのある存在だが、初めて知る視聴者もいるだろうしな」
「この配信に備えて、色々と牛女の伝承を調べてくれたんだよね? ちょっと聞かせてよ」
壮馬のリクエストに応じたオレは、自撮り棒を親友に手渡してから、スマホを操作して集めてきた情報のメモを確認する。
「これは、戦争末期の話しだけど、こんな話しが伝わっている。1945年の6月、この地方に大空襲があって、市内も激しく絨毯爆撃された。その焼け野原に、牛の顔を持った血まみれの少女があらわれて、焼け死んだ家畜の内臓をむさぼり食っていたそうだ。目撃した人も多いらしい」
「物騒な話しだね……牛女は、動物の死骸を食ってるっていう目撃談が多いんだっけ?」
「あぁ、なんでもその頃の市内には、大金持ちの畜産業者がいたらしい。肉牛で商売繁盛したらしく、立派な屋敷をかまえていた。しかし殺された牛たちの怨念か、生まれてきた娘は頭が牛の異形であった。世間体を気にした父親により、その牛頭の娘は地下の座敷牢に閉じ込められていたそうだ。それが爆撃で屋敷が破壊され、外に逃げ出したのだろうと言われている」
「その牛女は、どこに逃げ出したのかな?」
「それについては、色々なウワサがあるな。ひとつは、この配信場所の近くにあるお寺だ。山の麓にあるこのお寺では、真夜中に本堂を外から3回まわると、牛女があらわれる。牛女は竹藪の中から、こちらをのぞいていて、それを見てしまうと追いかけてきて殺されるそうだ。また、本堂の近くの洞穴に龍神様をまつる祠がある。夜中にそこにいくと、祠の影に潜んでいる牛女と目が合い、追いかけてきて、捕まると殺される。そのため夜になると人が入らないように、洞穴の入り口は鉄柵で閉じるらしい」
「実は、この夫婦岩に来る前は、そのお寺で配信をさせてもらおうと考えていたんだけど、許可をもらうことが出来なかったんだよね。だけど……」
「牛女は、この夫婦岩に逃げてきた、というウワサもある。あの岩の裂け目を寝処にしているなんて具体的な話し付きでな」
「この周辺で牛女の目撃談はあるの?」
「あぁ、もちろん、目撃談やウワサも多い。有名なのは、夜にバイクで峠を走っていると牛女に遭遇するという話だな。この岩の近くを走ると着物姿の牛女があらわれる。この牛女は、峠を走っているバイクを追いかけてきて、そのまま追い抜いてしまうそうだ。走り屋たちの間では有名な都市伝説だ。他にも、岩の上で牛女がたたずんでいた、イタズラをして岩に触れると牛女が四つん這いで追いかけてくる。そして、深夜0時になると夫婦岩に牛女があらわれる……とにかく、色んなウワサが伝わっているな」
「牛女の話しだけでも、そんなにたくさんのバージョンがあるんだ……やっぱり、あの岩にはなにかあるのかな?」
「なんだ、他に気になることがあるのか?」
「うん、牛女が出てくる訳ではないんだけど、妙に具体的な内容の書き込みを見つけたんだ」
そう言って壮馬は、撮影用の自撮り棒をオレに預け、ふたたび自分のスマホでウェブページにアクセスして、サイトに書き込まれたエピソードを読み上げる。
「感染症も一段落した頃、ってつい最近ですが、レンタカーを借りて市内から盤瀧トンネルを通って蒼野ダム方面にドライブに行きました。レンタカーを借りたのですが、最近のレンタカーはすごくて追突防止のために、先行車との車間が詰まるとアラーム音が鳴るシステムを搭載していました。早朝だったので、緑化植物園から北は先行車も対向車も全くいませんでしたが、『夫婦岩』が見える前の上り坂の途中で(岩まで数百メートルあります)追突防止用のアラーム音が急に鳴り出し、坂を下って直線で岩に近づくごとにアラーム音が激しく大きく響き出しました。もちろん先行車も対向車もなく自分たちの車も危険行為の車線はみ出しもやっていません。岩の割れ目を通り過ぎるとピタリとアラーム音は消えました。怖いので岩の割れ目は見ずに前だけ見て岩を抜けました。割れ目をみたら何かいたのでしょうか?」
自分たちは、まさにこの投稿主と同じ方面から夫婦岩に近づこうとしていた。




