第3章〜汚れた聖地巡礼について〜③
「あっ、鳳花先輩、お久しぶりです! 先輩は、図書室で受験勉強ですか?」
声の主は、我が部の部長である花金鳳花先輩だった。夏休みに入ってからは、広報部の本業そっちのけで心霊スポットのライブ配信に掛かりきりになっていたので、先輩と顔を合わせるのは、約一週間ぶりだった。
そして、声をかけてきた、その上級生にオレがたずねると、彼女は、珍しく曖昧な笑みをたたえながら、
「う~ん……そうじゃないんだけど。それよりも――――――」
と、他に気になることがあるような口ぶりで、こんなことを聞いてきた。
「『サンフランシスコ・エグザミナー』という単語が聞こえてきたように思うんだけど……貴方たち、どんなことを調べているの?」
先輩の問いには、オレに代わって、今回の調査の主要人物と言ってよい天竹葵が応じた。
「はい、先日、亜慈夢古美術堂で、アメリカの西海岸にあるウィンチェスター・ミステリー・ハウスという幽霊屋敷のことを話してもらったんです。店主の安心院さんの口ぶりでは、その幽霊屋敷と私たちが、今回の企画で追っている牛女の伝承と共通点があるらしいのですが……まだ、核心に迫れる材料がなくて、こうして、過去の新聞記事を洗い出して、この幽霊屋敷が、当時どんな風に報道されていたのかを調査してるんです」
こんな風に、自分たちの活動を端的に説明するクラスメートの編集能力に感心しているオレと違い、鳳花先輩は、少し可笑しそうにクスクスと笑う。
オカルト的なウワサ話しを真剣に調査しているオレたちのことが、そんなに滑稽なのだろうか?
いや、この上級生は、そんなことで人を判断するようなことはしないと思うのだが……。
オレと同じく、怪訝な表情を見せる天竹のようすに気づいたのか、鳳花先輩は、口をキュッと結んで、
「ごめんなさい。貴方たちの調査を邪魔する意図は無かったんだけど……黒田くん、いま、天竹さんが見ている新聞の紙名はなんだったかしら?」
「えっと……たしか、サンフランシスコの……」
「『サンフランシスコ・エグザミナー』紙ですね」
言い淀むオレに助け舟を出してくれたのは、さっきまでタブレットPCのディスプレイとにらめっこをしていた文芸部の代表を務めるクラスメートだった。
「そう、『サンフランシスコ・エグザミナー』ね。この新聞を発行していた人間は誰だと思う? 映画好きの貴方と黄瀬くんには、広報部の部員として観ておいた方が良い、とオススメした作品があると思うんだけど……」
基本的に自分の価値観を押し付けることをしない先輩が、後輩に薦める作品は多くない。
その中でも、特にオレの印象に残っているのは、戦前に制作されたモノクロ映画だ。
そして、新聞の発行人というキーワードから推察される映画のタイトルは、ひとつしかない。
「先輩が言いたいのは、『市民ケーン』ですよね? あの映画で出てきた『インクワイラー』って新聞社が、このサンフランシスコの新聞のモデルなんですか?」
「えぇ、そうよ。新聞社だけでなく、『市民ケーン』の最重要人物と言っても良いケーンは、『サンフランシスコ・エグザミナー』を買い取って、事実報道よりも扇情的である事を売り物とする編集方針で飛躍的に部数を伸ばしたウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしているの」
オレの回答に対して、鳳花先輩は満足したような表情で答える。
幽霊屋敷のウワサを大々的に取り上げるなど、新聞にしては通俗的な内容の記事だとは思ったが、やはり、その感覚は間違っていなかったようだ。
一方、『サンフランシスコ・エグザミナー』紙に関する情報を提供してくれた上級生に対して、天竹が質問を重ねる。
「私は、その映画を観ていないんですけど……いまの話しを聞いていると、『サンフランシスコ・エグザミナー』という新聞の記事は、信用がおけないということなのでしょうか?」
「オカルト方面の事実検証について、私は専門的な知識を持っているわけではないけれど……ハーストが経営した新聞社の記事の傾向から考えると、入念に取材して執筆した記事ではなく、センセーショナルな見出しと記事で売上アップを図った内容であることは想像に難くないわね。なにより、『サンフランシスコ・エグザミナー』は、ハーストが経営した30以上の新聞社の中でも、一番最初に経営を始めて、その売上至上主義の編集方針を確立していった新聞社だから」
上級生の返答に、「なるほど、そうだったんですね……」と、うなずいた女子生徒は、しばらくの間、何事かを思案するような表情を作ったかと思うと、
「これは、ファクトチェックを行った上で、どうして、ウィンチェスター家の屋敷が、幽霊屋敷として認識されるようになったのか、本格的に調べてみる必要がありそうですね」
と、つぶやくように語る。そして、オレに対して、こんな提案をしてきた。
「黒田くん、この件は、文芸部で調査させてもらって良いですか? ウチの部員たちにも協力してもらおうと思うので、調査に少し時間をもらえると助かります」
「あぁ、そうしてもらえると、こっちとしても助かる。ウィンチェスターの幽霊屋敷については、天竹たちに任せるから、オレは、牛女の伝承について調べてみるよ」
オレの返答に、天竹は「わかりました。そちらの方はよろしくお願いします」と、快諾する。
具体的な目標が定まったことで、ようやく、前向きに調査ができると手ごたえを感じる。
そんな中、オレたちに情報提供をしてくれた先輩は、
「ウィンチェスターと言えば、有名な銃器製造会社よね? 他のメーカーの創業家にも、こんな呪いのウワサが付きまとっているのかしら?」
と、つぶやいていた。




