第2章〜H地区のある場所について〜⑬
少女像は、片手を上げたままのポーズで静止していた。
「ホントに手を振るなんて思っちゃいないが、このシチェーションだと、いまにも手を振りだしそうな雰囲気はあるな」
後ろを振り返ったあと、カメラに向き直ったオレが感想を述べると、
「いや、もっと遅い時間になると、それはわからないよ」
と、自撮り棒でスマホのカメラを操作しながら、親友がニヤリと笑う。
「こんなときに、悪趣味な冗談はやめておけよ。壮馬らしくないぞ」
オレが釘を刺すと、友人は苦笑を崩さずに、珍しく、挑発的で煽るようなことを発言をする。
「ボクのことよりも、そっちの方こそどうなのさ? さっきから、ずっと黙りこくっちゃって竜児らしくないよ。もしかして、墓地の雰囲気にビビッたとか?」
「いや、そんなんじゃねぇよ」
ライブ配信の演出上、少女像の真相について口を開かないようにしているだけだ、それになにより、父親が眠る墓地で、あまり馬鹿馬鹿しく騒ぎたくはない。そんな理由を説明するのも億劫なので、短く返答したのだが、相手はニタニタと笑いながら言葉を返してくる。
「まあ、そういうことにしておいても良いけど……まだ、心霊スポット巡りの場所は残ってるんだから、逃げ出さないでよ?」
「はいはい、わかってるよ」
普段から冷笑的で皮肉屋な物言いをすることもある壮馬だが、こんな風に直接的なやり方でイヤミを言ってくることは珍しい。適当にあしらってはみたものの、いつものようすとは異なる言動を続けることも含めて、親友の言葉にはモヤモヤした感情が残る。
これまでの、壮馬の立ち振舞いが、次回予定されている失踪事件につながる演出であれば良いのだが……。
初回の鉄橋そばの踏み切りからの配信終了後にも見られたように、親友の負の感情が、周囲に向けられているとしたら、対策を考えなければならない。
古美術堂の店主の言葉を鵜呑みにするわけでは無いが、やはり、こうしたロケーションで撮影を行う場合に、負の感情のぶつかり合いは避けたいところなのだが……。
こんな風に、いつものオレたちの掛け合いとは異なる雰囲気を察したのだろうか、シロは澄ました表情で、カメラに向かって語りかける。
「ただいま、満地谷墓地の少女像前の現場では、二人の男子が言い争うような素振りを見せています。これも、この心霊スポットの雰囲気がもたらす影響なのでしょうか? 二人に、いまの心境を聞いてみましょう! ホーネッツ1号さん、ここで怖がっていたら、女子のことを守れないと思うのですが、大丈夫ですか?」
なぜか、テレビのレポーターの真似事をしながら、突発的な質問を繰り出す彼女に面食らいながらも、返答する。
「び、びってねぇし! 全然、余裕だし?」
オレが質問に答えると、シロは壮馬の方に向き直り、再び質問を繰り出す。
「明らかに動揺が見える1号さんの一方で、ホーネッツ2号さんは、少女像のリアクションがないことが、不満のようですね?」
「そうだね、ボクたちにむかって手を振ったり、逆に手招きの一つでもしてくれれば、映像映えして盛り上がるんだけどねぇ?」
肩をすくめながら語る親友の言葉に、現地特派員もどきの少女は、
「これは、なかなか強気な発言ですね。このように、墓地にたたずむ少女像は、地元在住の男子生徒に対しても、さまざまな影響を与えているようです。はたして、話題の少女像は、わたし達の目の前で、なんらかのリアクションを見せることはあるのでしょうか? 現場からは以上です」
と、レポート(?)を締めくくる。
「おいおい、事件現場に取材に来たレポーターかよ?」
オレがあきれながらツッコミを入れると、彼女はカメラに笑顔を向けながら、
「こういうの、一度やってみたかったんだよね」
と言って、テヘペロと舌を出す。
そのあざとい仕草に苦笑いを漏らしながらも、険悪になりかけたライブ配信の雰囲気が、一瞬で持ち直したことに感謝する。
即興で、こうした気の配り方が出来るのは、白草四葉という女子生徒の最も優れた特性かも知れない。
「――――――というわけで、この少女像の周りには、深夜になると、子供の霊が集まってくるというウワサもあるので、わたし達は、この辺りで退散しようと思います。そして、ここで次回のお知らせがあります」
「次は、ボクたちの住むこの地域で、昔から語り継がれている異形の怪物が出没するスポットを訪れる予定です」
「残念だけど、わたしは、次のスポットには行けないんだ。次は、ホーネッツさん達のライブ配信のようすを楽しみに見させてもらおうかな?」
「次回も『竜馬ちゃんねる』のライブ配信をよろしくお願いします!」
「それじゃ、またね! バイバイ!」
こうして、三回目の配信は終了した。
結局、最後まで、あまり言葉を発する機会がなかったオレには、気になることがあった。
うしおんなを示唆する予告についてもそうだが、それは、撮影終了後に親友の一言が理由にある。
「今夜も、なかなか良い配信が出来たんじゃないかな? 今回のアーカイブ版には、少女像が写った映像にちょっとした仕掛けを施すから楽しみにしておいてよ」
そう言った壮馬の目は、これまでになく怪しい輝きを放っていた。




