第2章〜H地区のある場所について〜⑫
暗がりの中、撮影用のライトに照らされた石碑がボゥッ…と浮かび上がる。
石碑には、大きく、「小説 火垂るの墓 誕生の地」という文字が彫られている。
白草四葉の動画チャンネル『クローバー・フィールド』の特別企画「夏の心霊スポット・ツアー with 竜馬ちゃんねる」の三回目のライブ配信は、そんなカットからスタートした。
――――――『白草四葉のクローバー・フィールド』
「クローバー・キッズのみなさま、今日もようこそ……クローバー・フィールドの白草ヨツバです……今夜は、特別企画の第三弾『夏の心霊スポット・ツアー with 竜馬ちゃんねる』をお送りします。予告動画でも告知したとおり、今回も、竜馬ちゃんねるの二人をお迎えしました! 竜馬ちゃんねるのホーネッツ1号さん・2号さん、こんばんは」
「こんばんは、竜馬ちゃんねるのホーネッツ1号です」
「ホーネッツ2号です」
「わたし達の学校がある市内四か所のホラー・スポットを巡る特別企画。第3回目の今回は、満地谷墓地の隣りにある公園からお送りしています」
「ホーネッツ2号さん、ここは、有名なアニメのゆかりの地でもあるんだよね?」
「うん、あの石碑にもあるとおり、この公園のそばのニテコ池は、アニメ映画の『火垂るの墓』の舞台でもあるんだ。原作の小説でも、アニメでも、清太と節子は、池の南側にあった防空壕で過ごしたという描写がある」
「その『火垂るの墓』と今回の場所は、どう関係があるの?」
「これから訪れる予定の満地谷墓地には、手を上げた少女の像が建てられているんだけど……その銅像は、『火垂るの墓の少女像』と呼ばれていて、昔から色んなウワサがあるんだ」
「そっか……それじゃあ、早速、その少女像を見に行ってみようか?」
シロと壮馬の掛け合いで始まった三回目のライブ配信は、真っ暗な墓地の中を撮影用のライトとカメラ兼用のスマホの明かりだけを頼りに進行していく。
この場所に移動してくる直前、壮馬にクギを刺されたこともあり、『火垂るの墓の少女像』が、実は『マリちゃん』と呼ばれ、小説やアニメとは無関係に建てられたものであるということを口走ってしまうことを避けるため、今回、オレはなるべく会話に加わらず、リアクションに徹しようと考えていた。
「やっぱり、墓地だけあって、これまでの配信場所とは、ケタ違いの雰囲気があるね〜」
ライブ配信を盛り上げるための一言かも知れないが、シロの言うとおり、夜の満地谷墓地は、昼間に何度も墓参りに来ているオレでも、その独特な空気に呑まれそうになってしまう。無論、鉄橋そばの踏み切りや市民プールが併設された公園とは段違いの仄暗いオーラを感じる。
そんなことを感じながら、しばらく歩いていると、左手で撮影用の自撮り棒を操作していた壮馬が、暗がりの中で街灯に照らされた場所に向かって指を差す。
「あっ、見えてきたよ! あれが少女像だ」
墓石が並ぶ区画の中央に位置するサークル内で、撮影用のライトにも照らされて薄暗く浮かび上がるブロンズ像は、それだけで、ホラー・スポットとしては満点に近い雰囲気だ。
「――――――という訳で、少女像の前まで来たんだけど……この像には、どんな言われがあるんだっけ?」
「ここの心霊体験談は、とても多いんだ。一例を挙げよう。まずは、心霊系サイトの書き込みから……」
壮馬は、そう言って撮影用のスマホを装着した自撮り棒を左手で支えたまま、右手で二台目の端末を取り出して、片手で器用に操作しながらブラウザにアクセスする。
「『車でここを訪れたのですが最初は何も起きず面白くないなと思っていたら、子供の墓を通るとき気味が悪くなり、みんなで帰ろうと言い車を出した後、窓に手形がついていました。何度こすっても手形は消えません。そして、そのあと同乗者四人中自分含めて三人に不幸な出来事が起こり、一人については詳細は言えませんが……他の一人は翌日車が突然パンクし、自分は二日後に事故を引き起こしました。冗談半分でお墓なんか行くもんじゃありません』だって……この書き込みより、もっと具体的な内容の語られているよ」
「それは、どんなウワサなの?」
「うん、他にも『墓地の前のバス停で座っている女の子の幽霊と目が合うと家までついて来る』とか、『少女像の足元にあるウサギの像の耳を蹴って壊した少年が交通事故でウサギを蹴った足を切断した』なんて話しがあるそうだよ」
「そっか〜、その話を銅像の前で聞くと、背筋が寒くなってくるね〜」
「そうだね。そして、もっとも多く語られているのが、こんな話しだ。真夜中になると、少女像が手を振ると言うんだ。これは、初期の頃の『探偵!ナ◯トスクープ』にも調査依頼があったほど、有名な話しらしい。そして、少女が大きく左右に手を振って、バイバイの挨拶をしていると問題ないんだけど……」
「問題ないけど……?」
「おいでおいで、と手招きをしていたら、帰り道に事故に遭う、と言われているんだ」
壮馬のその一言で、オレたち三人は揃って少女像の方向に向かって振り返る。
そこで、自分たちが目にしたものは――――――!




