第2章〜H地区のある場所について〜⑥
7月24日(日)
いつもとはようすが異なる親友、古美術堂の女性店主が言及した幼なじみのこと、そして、唐突に来訪を求められたクラスメートの女子生徒に対して、どうやって声をかけようか……と、色々な悩みを抱えたオレは、頭の中身を整理しきれないまま、心霊スポット・ツアーの二か所目の撮影に参加することになった。
今回は、先週末と異なりライブ配信後に特別なイベントを予定している訳ではないので、撮影に参加するメンバーは、桃華、宮野、天竹、緑川、さらに自分たち出演者を含めても七名と、前回に比べて大きく減っている。
ちなみに、金曜日に行ったライブ配信は、同時接続で5万アクセスに達しており、これは、人気ランクトップのVTuberが、ゲーム配信を行う際のアクセス数に匹敵する数字だ。
今回のライブ配信は、シロの『クローバー・フィールド』ではなく、オレと壮馬の共同アカウントである『竜馬ちゃんねる』で行うことになっている。自分たちのチャンネルにどれだけのアクセスがあるのかは、本来なら、もっとも気になるはずの事柄であるはずなのだが……。
残念ながら、最初に述べた親友やクラスメートに関する諸々の事柄に気を取られていたオレには、動画の再生数やアクセス数を気にしている余裕はなかった。
そんな状況でも、ライブ配信の時間は待ってくれない。
一度目の『三途の川の踏み切り』の配信と同じく、日之池公園でも午後8時に配信が始まった。
――――――『竜馬ちゃんねる 夏の心霊スポット・ツアー with クローバー・フィールド』
「いつも、竜馬ちゃんねるを見てくれている皆さん、そして、クローバー・キッズの皆さん、こんばんは。竜馬ちゃんねるのホーネッツ1号です」
「ホーネッツ2号です」
「こんばんは! クローバー・フィールドの白草ヨツバです」
「今回は、特別企画ということで、前回、ボクたちがお邪魔したクローバー・フィールドの白草ヨツバちゃんをゲストにお迎えしています。あらためまして、今回も、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。ホーネッツ2号さん。今回、訪問する公園は、ホーネッツ1号さんが推薦してくれた場所なんだよね?」
「あぁ、今回の訪問場所、日之池公園は、『テッちゃん』と呼ばれる存在がいるということで、昔から有名なんだ」
「『テッちゃん』って、なんだか、可愛らしい名前だけど……この公園には、どんなエピソードがあるの?」
「あぁ、夏休みに日之池公園のプールに行く途中、交通事故で死んだ子供がいるそうなんだが……その子の『手』だけがまだ見つかっていないらしいんだ。そして、事故が起こった夏の夕暮れに、その『手』があらわれるから、この辺りでは、その怪異のことを『テッちゃん』と呼んでいるんだ」
「『テッちゃん』に関する目撃談についても、聞かせてよ」
「あぁ、公園のプールで泳いでいると更衣室の方から子供の手で『おいで、おいで』をされるんだ。その手についていくと、今度は出口の方から『おいで、おいで』とされる。出口をでると右の木の陰から、また『おいで、おいで』。さらに、ついていくと池の前のトイレの中から手が出て『おいで、おいで』される。そして、中に入ると――――――個室のドアが、ぜんぶ開いて無数の子供の手が襲ってくるんだ」
「キャ〜! こわ〜い!」
「二人とも、そうして、イチャつくのも良いけどさ……これが、ホラー映画とかなら、真っ先にモンスターに殺されるパターンだよ、それ。あと、ホーネッツ1号は、全世界の男子から呪い殺されるモードに入ったね」
「いや、オレは別にそういうつもりじゃ……」
「みなさん、ホーネッツ1号が行方不明になったら、いまの行動が原因だと思ってください。まあ、それはともかく、いまの話しに沿って、実際にプールの更衣室から、『テッちゃん』が呼んでいるとされるルートを辿ってみよう」
「そうだね! まずは、更衣室の出口だっけ?」
「この右側の木陰から『おいで、おいで』とされるってことは、公園内の日之池を時計回りに進むのかな?」
「あっ、トイレが見えてきたよ!」
シロが指差した先に視線を向けると、ボンヤリと光る蛍光灯の明かりとともに、コンクリート製の建物が目に入った。
この公園の市民プールには、小学生の頃から何度も来ているし、日の明るいうちなら、公衆トイレとしてはキレイな部類のこの場所を利用したことも何度もある。それでも、夜の闇の中にボンヤリとした光を宿す場所には、なんとも言えない不気味さを感じる。
自撮りのカメラを操作している壮馬が、視聴者にもわかりやすいように前方に手を伸ばした姿勢のまま、180度、身体を反転させて、公園内の公衆トイレをスマホのカメラのフレームに入るように調整し、いわく付きの建物を映し出す。
「池の前にあるし、あれが、そのトイレで間違いなさそうだね。二人とも、あそこに入る覚悟はある?」
「ここまで来て、引き返すなんて選択肢はないだろう?」
「二人が居てくれるなら、わたしも、大丈夫だよ!」
前回よりも、『三途の川の踏み切り』よりも、緊張感の増した状態で、オレたちは、『テッちゃん』があらわれると言うトイレに向かって歩みを進めた。




