第2章〜H地方のある場所について〜⑤
7月23日(土)
「ふうん……これが、昨日のあなた達の活動の記録ね。楽しげに撮影が出来ていて、なによりだわ」
最初の動画配信が終わった翌日、オレは一人で、亜慈夢古美術堂を訪問していた。
「悪霊とか、なにか悪いモノが映り込んでいるとか……そういうことは無いんですか?」
何度、訪問しても慣れない怪しげな雰囲気に呑まれつつも、おそるおそる問いかけてみると、店主は、
「あら、ちょっと、脅かし過ぎたかしら? そんなに怖がらなくても大丈夫よ? そう、いまのところはね ……」
と言って、妖しく微笑む。
(いや、だから、そういうモノの言い方が、余計なことを考えさせるんだって……)
無言で頬を引きつらせるオレを眺めながら、女性店主は、再びフフッと笑みを浮かべたあと、
「約束どおり、ちゃんと、撮影の翌日にここに来たことは評価するわ。もし、なにか起きたときもすぐに対処できるわけだし」
と澄ました顔で語った。
その表情に、怯まないようにオレは返答する。
「では、もしものときは、よろしくお願いします。あと、今日はいくつか確認させてほしいことがあるんですけど……」
「あら、アナタ、気になることがあるの?」
「えぇ、まず柔琳寺の取材交渉についてですが……」
オレが、そこまで言うと、こちらの機先を制するように、店主は、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい……なかなか、先方と連絡が取れなくて……もう少し、時間をくれないかしら?」
「は、はぁ……そうですか」
こちらから、お願いしていることではあるものの、最終の撮影を行う予定の日まで、もう一週間もない。
柔琳寺との連絡をあまり先伸ばしにされるのは困るのだが……。
いや、オレ自身は、別の候補地を探せば良いか、と考えているのだが、今回は、うしおんなに異様な興味を示している部員がいる。
あいつの頭の中では、牛女の存在を動画の終盤で大々的に取り上げて、オレたち自身が失踪(という設定)する要因に仕立て上げようという計画が進み続けているハズだ。
「まあ、悪いようにはしないから……あなた達は、自分の活動に専念なさい」
こちらの不服そうな感情が伝わったのか、古美術堂の店主は目を細めながら、オレにそんな言葉をかけてきた。
そして、続けて、こうたずねる。
「その顔は、まだ、他にも気になっていることがあるようね?」
「えぇ、これは、今回のオレたちの活動とは関係ないことなんだけど……先日、シロ……白草と一緒にここに来たとき、あいつに『いずれ世界中の人を相手にする舞台に立つ』って言ってましたよね? あれは、いったい、どう意味が……」
緊張で喉の乾きを覚えながら、なんとか質問を絞り出すと、相手は、これまでより一層、興味深そうな表情で、
「白草ヨツバさんと言ったかしら? あの子のことが気になるのね?」
と言いながら、クスクスと笑う。
その表情に、バツの悪さを感じながら、「えぇ、まぁ……同級生ですから……」と返答すると、女性店主は、つまらなそうな表情で、
「私は、あなたにも、『隣にいる女の子のことが気になるなら、今のうちからシッカリと捕まえておかないと後悔することになるわよ?』と言ったつもりだけど、そのことは、耳に入らなかったの?」
と、忠告するように言ってくる。
「いや、それも覚えていますよ。そのことも含めて、詳しく聞かせてくれませんか?」
相手の言葉には、こちらの言葉に呆れるようなニュアンスが含まれていたので、オレも反発するように言葉を返す。あのとき、シロが反論するように言い返したくなった気持ちが理解できた。
「詳しくもナニも……言葉どおりの意味よ。白草ヨツバさんは、いずれ、国内を超えて世界に飛び立つ才能を持っている。それは、そばに居るアナタも感じているでしょう。そして、そのことに気づいているなら、いまのうちにアナタの気持ちをハッキリさせておかないと、後悔する羽目になる、ということ。これ以上、シンプルでわかりやすいことも無いでしょう?」
こともなげに、そして、あまりにも無責任に、未来の予言を言ってのける相手に、オレは、再び食ってかかる。
「だから、その世界に飛び立つとか、どんな根拠があって言ってるんだよ? ヒトの将来は、無責任に言い立てて良いってもんじゃないだろう?」
思わず声を荒げそうになるのを抑えながらも、年上の相手に対する言葉遣いとしては、やや乱暴になることまでは止めることが出来なかった。
しかし、オレの言動を興味深そうに眺めていた店主は、
「あのコに対する評価や想いは、アナタ自身が一番理解できているハズ……それでも、こうして怒りをあらわにするのは、いまの自分の自身の無さか……それとも、あのコのことをそれだけ強く思っているから、どちらかしら?」
と、こちらを試すような口調で問いかけてきた。
彼女の人を食ったような態度と、心の奥底を見透かすような言葉に、オレは口を開くことすらできず、ただ、自分の心の内側を覗かれないようにしようと意識して、身体が強張る。
そんなオレのようすに何か感じるところがあったのか、女性店主は、話題を変えて、
「このお話しは、また機会があるときにしましょう。今度、来るときは、アナタが最初のここを訪ねて来たときに一緒にいた小柄でメガネを掛けていた女の子を連れてきてくれない? 彼女がいれば、今回のアナタたちの活動の役に立つと思うわ」
と、文芸部の女子生徒を指名して、同行するように伝えてきた。




