第2章〜H地方のある場所について〜④
動画の配信を停止して、初回の撮影を終えると、オレはすぐに壮馬にたずねる。
「なんか、期待をあおった割りには、最後は尻切れトンボみたいな感じで終わったけど、大丈夫なのか?」
「さっきも言ったけど、初回だし、これで十分だよ。あとで、完全版としてアップロードする動画には、特別な編集を施すからね。もっとも、撮影に参加する人には、雰囲気を盛り上げるような話しをしてもらいたいけどね」
淡々と語る親友は、名指しこそしないものの、鉄道好き(と思われる)クラスメートの男子生徒が発した助言に対してクギを刺すように返答してきた。
「おい、壮馬!」
時間を割いて撮影に参加してくれた相手に対する不躾けな発言をすぐに注意しようとしたが、
「いや、いいんだよ黒田。空気を読めなかったぼくが悪いんだ。これからは、発言を控えるようにするよ」
と、緑川が申し訳なさそうに申し出る。
「まあ、わかってくれたら、それで良いよ。今度から気をつけてね」
緑川に素っ気なく返答する親友に、オレは、なにか一言、言っておかなければ……と考えて口を開きかけたが、もう一人の体育会系のクラスメートが、明るい声でメンバーに語りかける。
「撮影が終わったなら、お待ちかねの花火と行こうぜ! オレは、このために来たんだからな!」
そう、野球部の中心選手でもあるテルが言うように、夕方に家を出る前、オレが念入りに確認していた撮影後に使用する品々とは、今日の撮影後に行う河川敷の花火の数々だった。
実は、テルや緑川、そして、直接的に動画の配信や撮影には関わらない文芸部のメンバーが、今日の現場に参加しているのも、動画配信を盛り上げる怪談の創作に協力してくれる彼女たちにオレが声をかけたからだ。
「そうだね! やるべきことが終わったのなら、思い切り楽しもう! 今日のために、色々と買い込んできてくれたんでしょう、黒田くん?」
文芸部の二年生部員である石沢はるかが、語りかけてくる。
「あぁ、昨日、帰ってから、松屋町に買い出しに行ってきたからな」
石沢に返答したとおり、オレは、下校後に県境をまたいで買い物に出かけ、人形、おもちゃ等の問屋や専門店が並ぶ街に出掛けて、手持ち花火や、大小の打ち上げ花火、噴出型花火、そして、男子のロマンであるロケット花火などを買って来たのだ。
最近は、花火のWEB販売を行っている店も多いようだが、やはり、自分の目で実物を選んで購入するワクワク感は、何ものにも替えがたい。
お店の人にオススメの花火をたずねると、『飛び魚』という名の打ち上げ花火を薦めてもらったので、その商品を始め、打ち上げ花火のセットや60本入りの手持ち花火のセットなど、合計で一万円ほどを買い込んだ。
これは、夏休みに自分たちの酔狂な企画に付き合ってくれる部外メンバーへのオレなりの感謝の印でもある。
壮馬が三本も購入していたキーチェーン型の充電式LEDライトをひとつ取り出すと、
「そんじゃ、そろそろ始めるか?」
とメンバーに声をかけて、河川敷の広い場所に移動してライトを照らし、オレは花火の準備を始める。
「オッケ〜! それじゃあ、このドラゴンって名前のヤツから行くぞ!」
そう言って、テルは、地面に据え置いて上向きに噴出させるタイプの花火に、さっそく点火しようとする。
だが、一方で本日の活動の本分に忠実な一部の動画配信者たちは、
「わたし、配信した動画のコメント欄をチェックして、《ミンスタ》のコメントに返信してからにするから、先に始めておいて。あっ、あとで《ミンスタ》にアップするから、大きな打ち上げ花火だけは、最後に取っておいてよ」
「ボクも、ちょっと再生数と撮れた映像を確認するから、お先にどうぞ。こっちのことは気にしなくて良いから」
と、マイペースを貫いている。
そんなシロと壮馬のようすにため息をつきながら、オレは、そばにいる緑川に声をかけた。
「ああいうヤツらだし、さっき、壮馬や白草が言ったことは、あんまり気にしないでくれ。今回は、緑川のチカラが必要になるときが来ると思うから、その時は、協力してもらえると助かる」
セット売りされていた手持ち花火の仕分けをしながら返答すると、クラスメートは、
「ほ、本当にそんな時が来るのか……?」
と、自信なさげに言葉を返す。
「あぁ! まずは、この手持ちの花火とライターを女子に届けてきてくれるか?」
オレがそう言って、束になった花火を手渡すと、緑川は、苦笑しながら「あぁ、わかったよ」と言って、手持ち花火を受け取り、文芸部が集まるグループの方に歩いていった。
緑川が、少し離れた場所にいる女子のグループのもとに行くと、代わって、下級生の女子が近寄ってくる。
「相変わらず、ヒトのフォローばかりして……くろセンパイは、苦労性ですね」
「いや、部外の協力者なんだから、気を配るのは当然だろ? とくに今回、緑川には、壮馬のバックアップになってもらう必要があるからな」
「そうですか。たしかに、さっきのきぃセンパイは、ちょっと、いつもと違う雰囲気でしたね。ちょっと、感じ悪いっていうか……」
「あいつも、動画の撮影のことになると、周りが見えなくなるタイプだからなぁ」
「そうですね。ワタシも気をつけますから、くろセンパイも、きぃセンパイに気を使ってあげてくださいね」
桃華は、そう言ってクスクスと笑う。
普段は、口の悪い面を見せることもある彼女だが、なんだかんだ言って、オレと壮馬の関係性をわかってくれている下級生はありがたい存在だ。
そんなことを考えていると、シュッ――――――という風切り音とともに、赤い閃光がオレの身体のそばを横切った。
あわてて光が飛んできた方向に目を向けると、野球部の中心選手であるテルが、
「おいおい、一人だけ後輩の女子とイイ雰囲気になってんじゃねぇぞ」
と、ロケット花火をこちらに向けている。
「上等じゃねぇか、テル! その言葉、宣戦布告と判断する! 当方に迎撃の用意あり!」
自分が生まれるより、はるか前に流行ったコミックの主人公の言葉を引用し、ロケット花火の束を手にしたオレは、絶対に負けられない男の戦いを受けて立つべくクラスメートに対峙した。