第2章〜H地方のある場所について〜③
「い、いや、まさか……誰かが、オレたちの立ち入りを妨げているなんて……そんなことあるはずないだろう……」
警戒心をあらわにするシロに対して、オレは、常識的な判断からオカルト的な思考に否定的な見解を示す。
しかし――――――。
「そうなのかな? でも、たしかに、遮断器が上がっても、しばらくすると、すぐに警報音が鳴って踏み切りに入れないし……」
「そうだよ! 周りに霊的な存在が居ないか確かめないと!」
普段は、オレより醒めたことばかり言っている壮馬が、シロに同調し、彼女は、さらに前のめりになりながら、オカルトめいたことを口にする。
(いや、霊的な存在を確かめるって、どうやるんだよ?)
そんなツッコミを入れようとした瞬間、撮影を見守っていたスタッフ(?)の一人から、声がかかった。
「ちょっと、待って! 心霊的な存在が原因だと決めつけるのはまだ早いよ!」
声を上げたのは、デジタル機器の運用と、万が一の場合に備えて、女子を守るために参加してもらった(もっとも、後者の理由については、彼に多くを期待している訳ではないが……)コンピューター研究会の男子部員だった。
「なんだ、緑川? なにか、気づいたことでもあるのか?」
オレが、自撮り用のスマホの向こうの暗がりにいるクラスメートに問いかけると、男子生徒は、やや早口の甲高い声で返答する。
「この鉄橋を走っているJR東海道線は、この時間帯でも1時間あたり上下合わせて30本以上の旅客車両が走っている。平均すると、2〜3分に一度の割合で、列車がこの踏み切りを通過する計算だ。おまけに、夏休み期間中は、山陰方面に向かう特急『スーパーはくと』の臨時列車が増発されているからね。貨物列車をあわせれば、その密度はさらに増すことになる。だから――――――」
まるで、15年以上前に書き込まれた終電が無くなったときのコピペのように饒舌に、一気に語る引きこもり緑川武史に対して、
「わかった、わかった! つまり、これは、通常の時刻表どおりの運転がされていると言うことだな?」
と、問い返すと、数ヶ月前まで、プチ引きこもり状態だった男子生徒は、「あ、あぁ、そう言うことだ」と、即答した。
「……と言うことだ、そうだ。真相がわかったら、サッサと踏み切りを渡ってしまおうぜ」
オレが、シロと壮馬にそう語りかけると、二人は、
「「えぇ〜〜〜〜?」」
と、声を揃えて不服そうにつぶやく。
「そんな内容じゃ、盛り上がりに欠けるじゃないか?」
「そうだよ〜! 視聴者のみんなが楽しんでくれないじゃない?」
親友と幼なじみは、口々に、鉄道オタク的な見解を述べたクラスメートに不満を述べるが、オレは、
「まあまあ……必要以上に怖がることも、怖がらせる必要もないだろう?」
と、二人をなだめる。
そんなオレたち三人の言動に気後れしたのか、緑川が、踏み切りを横断するこちらに向かって、今度は遠慮がちに語りかけてきた。
「さっきも言ったように、遮断器が上がってもすぐに次の電車が来るから気を付けた方が良い。あ、あと、ここの踏み切りには防犯カメラが設置されてるから、線路内であまり余計な行動をしないことをオススメする」
クラスメートの言葉に、オレたちライブ映像の動画に出演中の三人だけでなく、撮影に参加しているメンバー全員が、小走りでと踏み切りを渡る。
はたして、有能なアドバイザーの言葉のとおりに、オレたちが踏み切りを渡り終えると、すぐに、カンカンカン―――と、鳴り始めた警報機が赤色のライトで列車の接近を告げた。
「う〜ん、なんだか忙しくて、あまり雰囲気を堪能する感じじゃないね……」
少し膨れ面を作りながら、軽く愚痴るシロに対して、 元プチ引きこもりの男子生徒は、
「列車の往来を気にせずに撮影したいなら、終電が通過したあとの深夜にした方が良いよ。それでも、防犯カメラには、踏み切り内で撮影している姿が記録されるだろうけど……」
と、ありがたい助言をしてくれる。
「アドバイスどうも……だけど、もうちょっと、この雰囲気を盛り上げてくれる内容だと嬉しいかな?」
カリスマ女子に代わって、緑川の言葉に応じたのは、壮馬だった。
淡々とした口調から発せられる言葉は、ホラー系動画の配信を念頭においた内容だったのだろうが、オレには、どこか険があるように感じられる。
その雰囲気を感じ取ったのは、オレだけでなく、壮馬から言葉を向けられた緑川自身も、
「あ、あぁ……すまない」
と、萎縮してしまったようだ。
「まあ、今日は初回だから、別に良いけどね」
そう言葉を返した親友は、
「それじゃ、今回はこの辺りでシメようか?」
と、初回の撮影のまとめに入ろうとする。
「――――――という訳で、1回目のホラー・スポット探訪は、無事に終わることができたよ〜。これから、竜馬ちゃんねるの二人は、色んなスポットに行くんだよね?」
「あぁ、これから、地元で『日之池公園のテッちゃん』として知られる心霊スポットや、市内の墓地、うしおんなと呼ばれる怪物が住んでいるというお寺を訪れる予定だ」
「わたしも、可能な限り、一緒に行かせてもらうよ〜! 動画配信のスケジュールは、ミンスタなどで告知していくからね!」
「これからも、ヨツバちゃんの『クローバー・フィールド』と、ボクたちの『竜馬ちゃんねる』もよろしくお願いします!」
「それじゃ、またね! バイバイ!」