第2章〜H地方のある場所について〜①
7月22日(金)
一人暮らしのマンションで、夕方に軽めの食事を取ったオレは、動画配信を行う撮影中だけでなく、撮影後に使用する品々を確認し、シロや桃華と連れ立って、集合場所である母校へと向かう。
ここで、壮馬や宮野、文芸部のメンバーに加えて、撮影に協力してくれることになった野球部の佐藤照明とコンピュータ研究会の緑川武志と合流して、本日の撮影場所である隣の市にあるJRの武甲川鉄橋の踏み切りに向かう。
夜間の撮影ということで、男子の人数が多いほうが良いだろう、という判断のもと、これまでの広報部の活動で親しくなった面々にも参加してもらうことになった。
「テル、悪いな。夏の大会が終わったばかりなのに」
県の予選大会で活躍しながら、惜しくもチームは四回戦で敗退となった佐藤に声をかけると、相手は
「あと、ふたつくらい勝って、ベスト4には残りたかったんだけどな〜。でも、そうすると、今日の撮影には同行できなかったからな。大会で溜まったフラストレーションを解消するためにも、楽しませてもらうぞ」
と快活に応える。
いかにも体育会系だと感じさせる返答をするクラスメートに続いて、痩せ気味で見た目どおり理科系の男子が、たずねてきた。
「ぼ、ぼくも来てよかったのか? 役に立てることなんて、あまり無い気がするけど……」
「緑川もありがとうな。撮影機材はデジタル機器も多いし、機械の扱いに慣れた人間にいてほしいんだ。夜の撮影だから、男子の人数が少しでも多い方が良いしな。まあ、あまり気を使わずに、撮影を楽しんでくれ」
オレが、そう答えると、数ヶ月前まで登校拒否状態にあったクラスメートは、ホッとしたように、「そ、そうか」と、少し胸を撫で下ろしたように見えた。
夕方の6時過ぎということで、空にはまだ明るさが残り、広報部4名、文芸部5名、野球部1名、コンピュータ研究会1名、そして、インフルエンサー1名と総勢12人のメンバーが揃っているということもあって、これから、オカルト系の動画を撮影しようという、おどろおどろしく、怪しげな雰囲気はまったく無い。
オレたちの周りでキャッキャッと、はしゃぐ女子に目を向けながら、
「こんなに楽しげな感じで、ホラー系の動画の撮影とか、ホントに出来るんですか?」
と、女子の中でも一人、醒めたようすの桃華が語りかけてくる。
「初回は、明るい雰囲気でも問題ないんじゃないか? 怪談テイストは、回を追うごとに徐々に増していく感じにするみたいだし、そうだよな、壮馬?」
下級生の質問に答えるべく、親友に問いかけると、
「そうだね、調子に乗った陽キャラが、知らない間に踏み込んだ怪異に飲み込まれる、って展開の方が盛り上がるから、今日のところは、これで問題ないよ。この先は、少しずつ、撮影のメンバーも減らして行くつもりだけど」
と、壮馬は企画発案者らしく、自身の撮影プランを語る。
上級生の言葉に納得したのか、桃華は、「そうですか。わかりました」と、答えると、
(いまのところ、きぃセンパイのようすに問題は無さそうですね)
と、オレに視線を送ってきた。桃華の無言のアイコンタクトにうなずいたオレは、冷静で仕事熱心な下級生女子に感謝しつつ、
「それじゃ、そろそろ移動を始めようか?」
と、メンバー全員に声をかけた。
集合場所の学校から、今日の撮影場所である武甲川鉄橋の東側に踏み切りのある場所までは、自転車で30分弱の距離だ。
校門を出た道を南下し、市内を東西に貫いている山手幹線を東に向かっていると、徐々に西日が傾いて行く。
撮影に参加するメンバーたちと一緒に自転車で現地に向かう間に、暮れなずんでいく街の風景を眺めていると、まるで青春映画のワン・シーンのような感じがして、後輩の女子生徒が懸念を示したように、たしかに、ホラー系の動画の撮影が、本当に出来るのか? といった雰囲気だ。
(これも、部活動の一環だし、貴重な青春の一コマってことかな)
などと考えながら自転車をこいでいると、そう時間を置かずに目的地の武甲川の堤防を登る坂が見えてきた。
自転車用の側道から堤防沿いの道路に上がり、川に架かる橋を渡ると、大きな夕陽が自分たちの住む街の方角で明るさを増している。
川の東側の信号を右折して堤防道路を走ると、すぐに現場となる踏み切りが目に入る。
「アレが例の踏み切りか……」
自転車をこぎながらそうつぶやいたのは、テルだったのか、緑川だったのかわからないが、ここまで明るかったメンバーの中に、少しばかりの緊張感が漂ってきたことが感じられた。
オレたちを追い越していく自動車や対向車に注意しながら、河川敷の広場に降りると、西日は堤防やマンションの影に隠れて、ようやく、夜の撮影の準備に相応しい雰囲気になってきた。
「日没までは、まだ時間があるけど、今のうちに準備を進めてしまおう」
河川敷のテニスコートのそばに自転車を置き、JRの鉄橋の下に移動した壮馬は、テキパキと撮影の用意を始める。
「まずは、今回の装備の主役であるキーチェーンライトの状態を見ておかないとね」
そう言って、通信販売で購入したという超小型のキーチェーン型の充電式LEDライトのスイッチを入れると、鉄橋下の暗がりは、まるで真昼のように明るくなった。




