幕間〜うしおんなに関するウワサについて〜①
あれは、昭和20年6月のことやったかな……。
阪神間を襲った大空襲で大型爆撃機のB−29は、須磨のあたりからこの街にかけての地域にじゅうたん爆撃を行って、あたり一帯は火の海になったんや。
当時、兜山の近くに住んでいた自分は、空襲から逃れるため、家族と一緒に燃え盛る市街地から命からがら、山の麓の空き地に逃げてきた。
あたりを見れば、自分たちと同じように火災から逃れてきた人たち数十人が息をついている。麓から市街地の方に目を向けると武甲川の西から県庁のあたりまでの一帯が火の海になってる。
自分たちの住む家や通う学校が燃えるその光景を茫然と眺めることしかできへんかった。
疎開に出ることがなかった幼い子どもたちは、声を上げて泣いている。
そんな中、子どもたちの泣き声に混じって動物の鳴き声が聞こえてくるような気がしたんや。
心なしか物悲しげに聞こえるその鳴き声に、
「動物も街が焼けるのを悲しんでいるのか……」
と感じたことを覚えてるわ。
程なくして、子どもたちは泣きつかれて眠ったのか、泣き声は聞こえなくなったものの、牛のものと思われる鳴き声はやまないままや。
さっきよりも、はっきりと鳴き声が聞こえた気がしたから、自分たちのそばに居るんか、と周囲を見渡してみると、少し離れた場所にある草むらの中に、綺麗な赤い着物を着た女の子が立ってる。
「お〜い、そんなところに居らんと、こっちにおいで〜」
一緒に逃げてきた近所のおじさんが、女の子に声を掛ける。
だが、女の子と思われた人影が、こちらを振り向いた瞬間、泣きつかれて眠っている子どもたちを除く、周りにいた数十人は、「あっ!」と声を上げたあと、言葉を失った。
着物を着た少女のように見えた人影の顔は、毛むくじゃらで鼻面がタテに伸び、頭にはツノが生えてたんや。
そして、その異形のモノは、草むらに引きずり込んだ獣をムシャムシャと貪り食っている。
周りの人たちは、しばしその姿を呆けたように見つめたあと、
「う、うしおんなや……」
「あの金持ちの屋敷から逃げてきたんやろ……」
と、そんな声を上げた。
自分たち逃げ延びた住民の姿を確認した彼女は、もう一度、悲しげな鳴き声をあげたあと、兜山の中腹の寺の方に向かって走って逃げてしまった。
あとで、聞いたところによると、うしおんなは、ある裕福な家に生まれた娘やったらしい。ところが、生まれた女の子がウシのような顔をしていたため、父親は体面を考え、座敷牢に彼女を幽閉して育てたというねん。
彼女は部屋の中で怨みを募らせていった。ところが大空襲があった日、街一面が焼け野原になったとき、彼女の屋敷も炎上した。その熱で運よく座敷牢の鉄の檻が抜けて、うしおんなは屋敷から抜け出した……みんなが、そう言うてたわ。
(90代・市内在住・男性)




