第1章〜広報部のある企画について〜⑭
7月9日(土)
夏休みまで、あと10日あまりとなった週末、オレは、夏の特別企画である心霊スポット探訪の重要な協力者であるクラスメートを連れて、ふたたび、祝川のそばにある亜慈夢古美術堂を訪れた。
目的は、古美術店の女性店主に、最後の撮影場所として予定している柔琳寺と取材交渉をするための橋渡しをお願いするためだ。
正直なところ、
「また、女性の店主に会いに行きたいだけなんじゃないの?」
というシロの的外れな詮索とは真逆で、前回の訪問時に、肉体的にも精神的にも不可思議な疲労感を覚えたオレとしては、この怪しげな美術店を何度も訪問したくない、というのが本音なのだが……。
それでも、撮影の準備を進める親友に余計な時間を取らせるのを避けたかったのと、初対面の相手とでも積極的に会話をするようになってきたとは言え、広報部の対外交渉なら、自分の専門分野だという自負から、この役目を買って出た。
午前十一時の古美術店の開店時間に合わせて訪れたため、土曜日とは言え、他の訪問客はいないようだ。
「いらっしゃい……芦宮高校の黒田くん、だったかしら? この前とは別の女の子を連れているのね?」
店主の言葉に、同行者の女子生徒がとびきりの笑顔で応える。
「黒田クンと同じクラスの白草四葉です」
普段から人当たりの良さでは、他者の追随を許さないシロに対して、「あら、面白い顔」と、女性店主は一言もらしたあと、続けてオレに問いかける。
「それで、今日は、どんなご用事?」
同世代の女子からカリスマ的な人気を誇る自他ともに認める容姿の持ち主に対して、「面白い顔」とつぶやき、前回の訪問時と同じように、妖艶で薄い笑みを浮かべている店主の言動にプレッシャーを感じながらも、オレは、訪問の目的を告げる。
「今回も営業時間中に申し訳ありません。今日は、前回も少し話しに出た柔琳寺で撮影を行いたいと考えているので、お寺のご住職さんと撮影の交渉をするために、連絡を取っていただけないかと、お願いをするために来させてもらいました」
「あら……それくらいの用なら、電話でも良かったのに……」
「いえ、ご迷惑でなければ、こうして直接うかがった方が良いと思いますし……」
オレが、そう返答すると、店主は、「そう……それは、殊勝な心がけね」と言ったあと、思案するような顔つきで、こう付け加えた。
「だけど、あちらのご住職もお忙しい身だから……特に夜の撮影ともなると、高校生のあなた達だけというのは、先方にも、ご迷惑が掛かるのではないかしら?」
やんわりと断られそうになるところを、オレは、なんとか食い下がってみようと試みる。
「その点も含めて、ご住職に自分たちの撮影の方法などを説明させてもらいたいと考えています」
「そう……そこまで考えているなら、連絡だけは取ってみるわ。ただ、ひとつだけ約束してくれないかしら?」
「約束、ですか? どんなことでしょう?」
「この前、リストを見せてもらった他の場所でも撮影をするのでしょうし、撮影が終わるごとに、ここに報告に来てくらいかしら? あなた達にワルイモノが憑いていないか、確認をさせてもらうわ」
「ワルイモノですか……? わかりました、よろしくお願いします」
今回もまた、いきなり、オカルトめいた話しが飛び出したので、思わず流されるままに返答してしまったが、そんなオレを見かねたのか、かたわらの女子生徒が、オレの腕をつかんで小声で語りかけてくる。
「ちょっと、クロ! なんだか、怪しげなことを言い始めたけど、この人、ホントに信用できるの?」
「いや、まぁ、それは、鳳花部長が紹介してくれたヒトだし、そこは、問題ないと思うが……」
中学時代から絶大な信頼を置いている先輩の紹介なのだか……と、オレは疑問を持たずに安心院妖子という人物二疑念をもつことはなかったが、この場所を積極的には訪問したくない、と感じるほどには、亜慈夢古美術堂という場に、ただならぬ雰囲気を感じているのも事実だ。
そして、オレたちの動揺を見て取ったのか、女性店主は、こちらの顔を交互に見たあと、フッと口角を崩して、こんなことを言ってきた。
「二人とも、意志の強さを感じさせる目をしてるわね? とくに、白草さんと言ったかしら? あなたの目からは、ふつうのヒトとは違う霊力のようなモノを感じるわ」
「あなた、なんなんですか? さっきから、ヒトの顔を見ながら言いたい放題に言って!」
いくら年上の相手とは言え、面白い顔だの、ふつうのヒトとは違うだのと好き放題に言われれば、人あたりの良いシロだろうと、外面の良い仮面をかなぐり捨てて、反論の一つもしたくなるだろう。
しかし、不敵な笑みを浮かべたままの店主は、悪びれもせずに女子生徒に言葉を返す。
「あら、気に触ったのなら、ごめんなさい。でも、悪く言ったつもりはないの。あなたは、いずれ世界中の人を相手にする舞台に立つことになるわ。黒田くんも、隣にいる女の子のことが気になるなら、今のうちからシッカリと捕まえておかないと後悔することになるわよ?」
そのあまりに突飛な言動に、さすがのシロも「ふへ?」と、少し間の抜けた声を上げ、
「世界中の人を相手に……って、どういうこと? クロはわかる?」
と、オレに問いかけてくる。
そんな女子生徒の疑問に対して、一般人のオレが答えを持っているはずもなく、
「さ、さあ……よくわからん」
と、返答するのが精一杯だった。
その後、亜慈夢古美術堂の店主と交わした約束を守ることを確認して店を出たあと、シロは心ここにあらずという状態で、夏が始まったばかりの休日の午後を過ごしていた。
古美術店からほど近い祝川沿いといえば、小学校時代の春休みに彼女とジェラートを食べた思い出の場所でもあるのだが、この日のシロには、そうしたことを回想する心の余裕は無くなっていたようだ。
一方のオレはと言えば、古美術堂の女性店主が言い放った、
「黒田くんも、隣にいる女の子のことが気になるなら、今のうちからシッカリと捕まえておかないと後悔することになるわよ?」
という一言が気になっていた。




