第1章〜広報部のある企画について〜⑥
「今回の企画では、三〜四か所のスポットを巡りたいと考えているんだけど、他に候補地は無いかな?」
大型ディスプレイを黒板モードに切り替えて、ホラースポットの候補地を書き加えている壮馬が、続けて、メンバーに問いかける。
文芸部のメンバーは、学校で支給されているタブレット端末にログインして、何かを調査しているようだ。
「いま、自分たちの地元のホラースポットについて、検索してみたんだけど……この辺りって、結構そういう場所が多いんだね」
苦笑しながら語るのは、その文芸部の部員の石沢はるか。彼女は、そう言いながら、無線通信で大型ディスプレイにタブレットの画面を投影させる。
放送室のモニターには、自分たちが住む県のホラースポットが表示された。
ご丁寧に、Googleマップの地図上に、心霊スポットの場所にピンが立てられているのだが……。
県内のホラースポットの半数以上が、オレたちの住む市内に集中しているのだ。
そして、さっきからオレが気にしていたのも、まさに、このことだった。
冒頭に自分が話した『日之池公園のテッちゃん』と、続けて桃華が語った『満地谷墓地の火垂るの墓の少女像』は偶然が重なっただけかもしれないが……。
モニターのマップ上にピンが立てられた市内の場所を列挙すると――――――。
・五ガ池の二川ピクニックセンター
・兜山の兜山橋のバス停
・幽霊マンションのパル一番街
・墓地が整備されたあとに建設された市内中央の地蔵公園
・空襲の犠牲者が流れ着いた香炉園浜
・交通事故が頻発する兜山太師道の地蔵坂
・駐車場で怪現象が起こる上呪寺
・石工職人に不幸が相次いだ越来岩神社の「甑岩」
・県道82号線のカーブに立ちふさがる祟りを呼ぶ「夫婦岩」
・うしおんなの伝説が残る柔琳寺
ここに挙げた場所以外でも、隣の市との市境には、『武甲川の三途の踏切』『お化け屋敷・印南さん家』『六匣山のヨネスコ会館』などが点在している。
自分たちが住む街の人口規模を考えれば、小学生の子どもを震え上がらせるスポットが、一つか二つあれば十分だ。
しかし、オレや桃華が子どもの頃から聞き慣れているウワサ話し以外にも、市内にこれだけの心霊スポットが密集しているのは、ちょっと異様ではないかと感じる。
山の手から海辺まで、市の面積は比較的広いとは言え、人口五十万人程度の地域に、こんなにも多くのホラースポットが存在しているということは、あまり例が無いのではないかと思う。
その証拠に、国の政令指定都市でもある、我が県の県庁所在地は、市域の面積も人口もオレたちが住む街の倍以上あるにもかかわらず、心霊スポットとして挙げられている場所は、これほど多くない。
「へ、へぇ〜。市内の心霊スポットって、こんなに多いんだ……」
オレと同じく、その事実に、不気味なモノを感じ取ったのだろうか、今度は、嬌声をあげてオレに抱きついてくることもなく、シロが少し引きつったような表情でつぶやいた。
「ちょっと聞いただけでも、竜司や佐倉さんから勢いよく怪談が飛び出すから期待していたけど……これは、たしかに想定以上の結果だね」
モニターに目を向けながら、壮馬も苦笑しつつ語る。
そんな風に、地元民のオレたちや引っ越してきて数ヶ月のシロが、乾いた笑いを浮かべる中、ポツリと感想をつぶやく生徒がいた。
「わたすの田舎には、ウマと人の関係にまつわる言い伝えが多かったんですが……この辺りには、うしおんなっていう妖怪がいるんだすな」
その言葉に、またも、文芸部の部長である天竹が反応する。
「宮野さんの地元は、東北地方でしたね? あちらには、柳田國男の『遠野物語』に描かれているように、ウマと人にまつわるエピソードが多いですよね」
文芸部の代表者の言葉に、宮野雪乃は、嬉しそうに「そうだす!」と、うなずいた。
彼女の返事を笑顔で受けながら、天竹葵は、さらに解説を続ける。
「うしおんなの伝承は、都市伝説だけでなく、ホラー小説としても有名ですね。小松左京が『くだんのはは』という有名なホラー短編を書いています。もっとも、うしおんなは西洋のファンタジーに出てくるミノタウロスのような牛面の姿である一方、日本に昔から伝わる『くだん』という妖怪は、人の顔を持った牛の姿でいわゆる人面牛のような容貌のようなんですが……」
うしおんなのウワサ話しは、昔から良く耳にしていた。そして、『くだん』と言えば、牛の姿をした妖怪だということも聞いたことがある。彼女の話を興味深く感じたオレは、たずねた。
「オレも、うしおんなのウワサ話しは良く聞くんだけど……うしおんなとくだんは、別のモノなのか?」
「正確に言うと、別物と考えるべきでしょうね。ただ、くだんは、昔から地域に起きる災厄や吉兆を偽りなく予言した後すぐに亡くなり、うしおんなは、戦災や天災が起きたときに目撃談が発生するという、少しだけ印象が重なる言い伝えも残っています」
そんな文化系女子の返答に、オレ以上に興味を示すメンバーがいた。
「そうなんだ! うしおんなって、たしか、三十年前の大震災のときにも目撃談があるんだよね? 今回の企画は、なにか、わかりやすいアイコンになるキャラクターが欲しいと思ってたんだけど……うしおんなは、うってつけの存在かも知れない!」
そう言い切った壮馬の目は、絶好の取材対象を見つけたときのように、輝いていた。




