第1章〜広報部のある企画について〜⑤
「怪談やホラースポットと言えば、真っ先に思いつくのは、『日之池公園のテッちゃん』だな! 夏休みに日之池公園のプールに行く途中、交通事故で死んだ子供の『手』だけがまだ見つかっていなくて、夏の夕暮れに、その『手』があらわれるから、『テッちゃん』と呼ばれているんだ」
脱線しかけた会合の場を仕切り直す親友の言葉に、オレは真っ先に反応した。
「さすが、竜司! 昔から、こういうネタには詳しかったよね?」
壮馬の言葉に続いて、シロも問いかけてくる。
「日之池公園って、むかし、わたし達が自転車で行ったプールのある公園のこと?」
興味深そうににたずねる彼女に、「あぁ、そうだな」と応じたあと、オレはさらに『テッちゃん』にまつわるエピソードを披露する。
「公園のプールで泳いでいると更衣室の方から子供の手で『おいで、おいで』をされるんだ。その手についていくと、今度は出口の方から『おいで、おいで』とされる。出口をでると右の木の陰から、また『おいで、おいで』。さらに、ついていくと池の前のトイレの中から手が出て『おいで、おいで』される。そして、中に入ると――――――」
オレは、ここでたっぷりと間を取って、メンバーの顔を見渡してから、おもむろにラストの展開を語る。
「個室のドアが、ぜんぶ開いて無数の子供の手が襲ってくるんだ」
その瞬間、
「キャ〜、こわ〜い!」
と、黄色い声をあげて、またも背後から抱きついてくる存在があった。
一瞬の出来事と背中に感じる柔らかな感触に、怪談を語るオレ自身が最も動揺していると、再び下級生の怒声が飛ぶ。
「なにやってるんですか! ここは、ホラースポットじゃありません!! はやく、離れてください!」
ただ、桃華の怒りの声にも、悪びれるようすのないシロは、
「え〜、日之池公園は、わたしがクロと一緒に出かけた思い出の場所だもん。その公園が、実はホラースポットだったなんて、ちょっと、ショックだし、怖いじゃない?」
と、イラだたしげな下級生にケロリとした顔で答える。
「ど、どんな思い出があるか知りませんけど、それは、いま関係ありませんから! サッサと自分の席に戻ってください!!」
思わせぶりなシロの言葉にブチ切れ気味の桃華は、上級生にも臆することなく、着席をうながす。
たしかに、シロの言うように、彼女とオレが小学生の頃、とある作品の聖地巡礼を兼ねて、市内のスポットを巡ったときに、日之池公園を訪れたことがあるのだが……。
あのときは、春休みでプールも開放されていなかったので、すぐに別の場所に移動した、と記憶している。
(地元の人間でもないのに、シロは、良くそんな細かなことを覚えているな……)
そんな風に再会した幼なじみの記憶の良さに感心するオレをよそに、ホラースポットに関する話し合いは、次の話題に移っていった。
「わたすは、転校してきたばかりで、この辺りのことは、よくわからないだども……佐倉さんは、他のホラースポットについて、何か知りませんか?」
ヒートアップしかけた場をクールダウンさせるように、桃華と同じ一年の宮野雪乃が問いかける。
「私が知ってるホラースポット? そうだな〜。聞いたことがあるのは、満地谷墓地の『火垂るの墓』の少女像かな? 墓地の前のバス停で座っている女の子の幽霊と目が合うと家までついて来るとか、少女像の足元にあるウサギの像の耳を蹴って壊した少年が、交通事故でウサギを蹴った足を切断した、なんてことが子どもの頃にウワサになってたかな?」
桃華の言う満地谷墓地は、市内にある最も大きな霊園で、多くの市民がこの墓地に遺骨を納めることが多い。ちなみに、オレが小学生の頃に亡くなった父親も、この墓地に眠っている。
そして、桃華の口から出たアニメ映画のタイトルを受けて、文芸部の代表者である天竹葵が口を開いた。
「たしか、あの辺りって、『火垂るの墓』の作中で、叔母さんの家を飛び出した清太と節子が、池のほとりで暮らした防空壕がある場所なんですよね? 実在の場所が、作品にいくつも登場するように、戦争当時、市内で戦災に遭った作者の経験が作品に反映されていると聞いたことがあります」
そうか! 日本を代表するアニメスタジオが制作したあのアニメーションが、自分たちの地元を舞台にしている作品であることは認識していたが、まさか、主人公たちが生活していた防空壕のモデルとなった場所が、こんなに近くにあるとは知らなかった。
父親が眠る墓地の近くで、戦争による悲惨な体験が生まれていたことをあらためて認識すると、オレとしては、なんだか複雑な気持ちになる。
ただ、オレのそんな思いをよそに、司会役の壮馬は、進行を続ける。
「日之池公園のテッちゃんに、満地谷墓地の『火垂るの墓』の少女像か〜。いいね〜、どっちも、撮影に向きそうだし、ボクたち高校生でも気軽に行けそうだ」
たしかに、親友が感想を述べたように、いま候補に上がった二つの場所は、オレたちの通う高校からも、そう離れていない距離で、自転車でも容易に行き着ける場所でもある。
ただ、オレには少しだけ気になることがあった。