第1章〜広報部のある企画について〜①
7月4日(月)
〜黒田竜司の見解〜
シロと桃華にも課されるはずだった、『鼻うがいの動画撮影』という思春期を迎えた人間にとって、屈辱以外のナニモノでもない罰ゲームを終えた二日後のこと――――――。
オレたち広報部をはじめ、プロモーション動画のコンペティションに参加したメンバーは、放課後に、再び放送室に集まっていた。
桃華や宮野だけでなく、もうおなじみとなったシロや文芸部の部員たちが集った室内を見渡しながら、部長の花金鳳花先輩が、口を開く。
「今日、みんなに集まってもらったのは、先週まで開催していた校内プロモーション動画コンペの優勝チームの一員である黄瀬くんから提案があるからです。それじゃ、黄瀬くん、あとはお願いね」
そう言って、早々と下級生にバトンを託した先輩は、放送室の片隅で腕を組みながら、ことの成り行きを見守ることを決めたようだ。
そんな鳳花先輩に替わって、手狭な室内を移動し、大型モニターのそばに立った友人は、ゴキゲンな表情で語り始める。
「先週は、プロモーション動画の企画に協力してくださり、ありがとうございます。鳳花部長から、先日のコンペの結果から、投票数1位のチームには特典が与えられる、という嬉しいお言葉をもらったので、今日は、ボクから、新しい企画を提案させてもらいたいと思います」
普段は、こんなに丁寧な言葉づかいをしない壮馬だが、自分の考えた企画を発表するということで、テンションが上っているのか、いつになく上機嫌のように見える。
「黄瀬くんの……いえ、広報部の新しい企画ですか? 楽しみですね」
壮馬の言葉に真っ先に応じたのは、二年生にして文芸部の代表を務める天竹葵だった。
こうした積極的な反応を見ているだけで、小学校からの友人に対して、彼女が好意を抱いているのではないかと感じさせられる。
一方で、二日前、罰ゲームの動画の収録が終わったあとに、いま集まっているメンバーより一足先に親友から、今日の提案内容を聞いていたオレは、壮馬が自身の企画をどのようにプレゼンテーションするのか、見守ることにしよう、と興味を持って眺めていた。
「天竹さん、ありがとう! 今回、ボクが考えているのは、いわゆるモキュメンタリーと呼ばれる疑似ドキュメンタリーの企画なんだ」
放送室の大型モニターにタブレットPCを接続した壮馬は、プレゼン用のアプリを起動させて資料を提示する。
友人は、今日のために、週末の間、この資料の準備に注力していた。
「モキュメンタリーですか? 最近、YourTubeでもテレビ放送でも流行ってますよね、そのジャンル」
中学時代には、オレたちと同じく放送部に所属していた桃華が、プレゼンターの話しに食い付く。
「さすが、佐倉さん! その流行に自分たちも乗ってみようと考えているんだ」
壮馬が、反応の良い後輩女子の言葉に即答すると、今度は、もう一人の下級生が、おずおずと手を挙げる。
「あの〜……盛り上がっているところに水を差すようで申す訳ないんですけんど……モキュメンタリーって、なんだすか?」
「良い質問だね、宮野さん! あらためて、おさらいってことで、これから、それを説明させてもらうね」
もっとも新しい広報部の部員である宮野雪乃の質問に応じるように、壮馬はプレゼン用のスライドの次のページを表示させる。
『モキュメンタリーとは?』
モキュメンタリー(mockumentary)は、英語の "mock"(真似る、偽の)と "documentary"(ドキュメンタリー)を組み合わせた造語で、フィクションをドキュメンタリーの手法で描く映像作品のことです。
まるで実際に起こった出来事や存在する人物を追っているかのように見せかけますが、内容はすべて作り話です。
【モキュメンタリーの特徴】
ドキュメンタリーの手法: インタビュー形式、手持ちカメラによる撮影、ニュース映像やアーカイブ映像の挿入など、ドキュメンタリー番組でよく用いられる演出が多用されます。
フィクションの内容: テーマは現実の社会問題や歴史的な出来事を扱うこともあれば、全くの架空の出来事や人物を描くこともあります。
観客の混乱や誤解を狙う: 意図的に事実と虚構の境界線を曖昧にし、観客に「もしかしたら本当にあったことなのでは?」と思わせる効果を狙うことがあります。
風刺や批評: 社会現象や特定のテーマを風刺したり、批判的な視点を提示したりする目的で制作されることもあります。
コメディ要素: その非現実的な設定や状況がおかしみを誘い、コメディとして楽しまれる作品も多くあります。
【モキュメンタリーの例】
映画:
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999年)
『パラノーマル・アクティビティ』(2007年)など
テレビ番組:
『放送禁止』シリーズ
『このテープ持ってないですか?』など
動画サイト:
『フェイクドキュメンタリーQ』など
モキュメンタリーは、その独特な表現方法によって、観客に新しい視点を与えたり、深く考えさせたりする魅力的なジャンルと言えるでしょう。
壮馬は、次々とスライドのページを送りながら、流暢に説明を行う。
自分で文章を作成するのが面倒だったのか、説明文は、AIの出力したテキストであることが丸わかりではあったが、プレゼンテーションの聞き手側には、十分に理解してもらえる内容になっていたようだ。




