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初恋☆リベンジャーズ  作者: 遊馬友仁
第四部〜ラムネ瓶の中のガラス玉はとても綺麗に見える〜
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エピローグ〜愛とは人生で最もすばらしい生きる力である〜

 その後のことを少しだけ話そう。


 水曜日の放課後、週末の()()の模様を編集した素材を手にしたボクは、広報部の部室を訪ねた。

 そして、花金鳳花(はながねほうか)部長が、いつものように、ノートPCに向き合っている姿に安心して、声をかける。


「鳳花部長、日曜日のバーベキューのときの映像が仕上がりました」


 普段より、少しだけ丁寧な口調で報告すると、彼女は、「ありがとう。黄瀬くん」と答えたあと、ボクがテーブルの上に置いたUSBメモリを手に取りながら、こう言った。


「いまのところ、山吹さんにもバスケットボール部にも、とくに被害などは出ていないみたいね」


「そうみたいですね。あの三人も、放課後の通学路にあらわれた、という報告は入ってません」


 ボクが、鳳花部長から内密に、バスケットボール部の新入部員歓迎会を兼ねたバーベキュー大会を取材するように言われたのは、先週の金曜日のことだった。


「無事に終わることを願うけれど……もしかしたら、山吹さんに絡んでくる他校の生徒がいるかも知れないから。黒田くんや緑川くんを含めて、三人の動向には注意を払っておいてちょうだい」


 そう告げてきた部長の懸念は、まさに的中し、そのおかげで、撮影できた動画は、編集作業を終え、デジタルデータとして、USBメモリに収められている。


 前日、当事者の竜司と広報部の部員である佐倉さんに、編集した映像を見てもらうと、厄介事に巻き込まれた友人は苦笑しつつ、


「あらためて、編集されたモノを見ると、なかなかのやられっぷりだな……」


と、感想を述べ、佐倉さんは、嫌悪感まる出しで、


「未経験者相手に、こんなことするんですか? この人たち、SNSのフィルターバブルの影響で、まともな情報も得られなくて、闇バイトに応募しそう」


などと、いつものように辛辣な言葉をつむぐ。

 そんな映像データが入った記憶媒体を眺めつつ、


「あとで確認しておくけど、このデータを使う必要がないことを祈るのみね」


と、口にした部長は、ノートPCにメモリを挿して、データをデスクトップとクラウド上に保存しているようだ。


 そして、データがコピーされている最中だろうと見越して、ボクは、鳳花部長に話しかける。 


「部長、今回は色々とありがとうございました。竜司が、緑川の家に行くことになったのは、部長が、谷崎(たにざき)先生に、なにか伝えてくれたからですよね?」


「あら、私は何もしていないわ。ちょうど、貴方たちのクラスに不登校気味になっている男子生徒が居たから、私たち広報部に所属しているクラスメートが、委員長として力になれるかも知れません、と谷崎先生に伝えただけだから」


 データが保存されるのを待ちながら、穏やかな笑みを浮かべた鳳花部長は、そう語る。

 そして、


「もっとも、緑川くんのことだけで終わるのかと思ったら、いつの間にか、山吹さんの話しまで持ち込まれるし……黒田くんは、相変わらず他人に巻き込まれることが多いわね」


と続けて、肩をすくめて苦笑した。

 その山吹さん周辺のトラブルに関しても、急に始まった集団下校の措置は生徒会からの提言だったと竜司に聞いているし、取材を名目にボクをバスケ部の新入部員歓迎会に派遣したのは、鳳花部長自身だ。

 

 竜司の巻き込まれ体質と同じくらい、我らが広報部の部長は、相変わらず謙虚だな、と感じつつ、ボクは言葉以上に上級生への感謝の気持ちを強くする。


 今回、竜司と緑川のバスケット・コートでの活躍をビデオカメラに収める以外は、ほとんど蚊帳の外だった立場からすると、ここ数週間の間に、ボクが原因を理解できないさまざまなことが起こっていた。


 ひとつは、年末の赤い羽根募金のように、安物の孔雀の羽根のようなアクセサリーをつける男子が一時的に増加したこと。

 バスケ部の男子部員あたりから始まったらしい流行は、女子の目を引いて、そこから何らかの洒落た会話が行われることが多かったようだが、男子側の会話のパターンがあまりにも画一的だということに気づいた女子が、そのことを指摘した途端、謎のブームは、タピオカドリンクやマリトッツォの流行がそうであったように、急速に廃れてしまった。


 気になったことの二つ目は、白草さんが、自身の配信動画で、ほとんど脈略もなく、「最近、気になっていること」について語りだし、


「この前、クラスの男子が話しているのを聞いたんだけど……『オタクだってギャルを愛したい』と『古泉(ふるいずみ)ん家はどうやらギャルの溜まり場になってるらしい』ってマンガが面白いらしいんだ! どんなマンガか知ってる人がいたら教えて」


と、発言したことだ。

 天然風を装っていたが、彼女に限って、無知・無自覚なまま、このタイトルを挙げたとは思えない。その動画配信の翌日から、緑川が二日ほど学校を欠席して、「また、不登校が始まったの?」と谷崎先生が心配していたことと関係あるのだろうか? 謎は深まるばかりだ。


 そして、今回の件で部外者だったボクが、当事者の竜司に、


「色々とお疲れさまだったね。緑川の家に行って以降、竜司の印象に一番残ってるのはナニ? やっぱり、バスケ部のみんなの活躍かな?」


とたずねたところ、予想もしない答えが返ってきた。


「オレの個人的見解では、ここ最近のMVPは、野球部の大山先輩だな。テルに奢るついでに、先輩と一緒に宮っ子ラーメンに行ったんだが……真面目な大山先輩にしては珍しく、『今度の部活紹介のインタビューでは、理想の女性のタイプを聞いてくれないか?』って頼んできたんだ。それで、どんなことを答えてくれるのかと思ったら……」


 その場面は、ボク自身も目撃することになった。

 久々に竜司に同行して撮影したインタビューを行った月曜日の放課後のことだ。


「では、最後に少しフランクに、大山キャプテンのプライベートに思います。キャプテン、理想の女性は、どんなヒトですか?」


 いつものインタビューを締めるべく、そうたずねた竜司に対して、野球部のキャプテンは臆することなく、こう答えた。


「はい、僕の彼女です」


 録画を終えたあと、女子マネジャーの中江(なかえ)先輩が、


「もう、大山くん、なに言ってるの!」


と、顔を真っ赤にしながら、駆け寄ってきたことで、野球部の人間関係をまったく知らないボクにも、事情を察することができた。

 そんなことなどを思い出していると、データのコピーが終わったのか、鳳花部長が、ノートPCからUSBメモリを取り外す。


「そうだ! 緑川くんが登校出来るようになったお礼に、と言って谷崎先生から、いただいたモノがあるの」


 思い出したかのように、手を叩いた鳳花部長は、広報部に備え付けられている小型冷蔵庫から、ラムネ瓶を2本取り出した。


「黄瀬くんも1本どう?」


 そう言って手渡されたラムネ瓶を部長から受け取りながら考える。


(今回、バスケ部の動画を撮影して編集しただけのボクは、ラムネ1本の報酬でも文句を言わないけど……)


 数週間にわたって、クラスメートのプライベートに付き合った挙げ句、他校の生徒とのいさかいにも巻き込まれた竜司に対して、この報酬は、いくらなんでも割りが合わない。


 それでも、親友がこの期間に、いつもの元気を取り戻していったことをボクは嬉しく感じていた。


 そんなことを考えていると、プラスチック製の器具でラムネ瓶を開封した鳳花部長が、瓶の中のビー玉を眺めながら、こんなことをたずねてきた。


「黄瀬くんは、ビー玉に関する俗説って知ってる?」


「あぁ、聞いたことがあります。たしか、ラムネを作る工場では、ラムネのビンに使える玉をA玉と呼んでいて、歪んでいる不合格の玉をB玉と呼んでいた。その不合格のB玉を子供たちのおもちゃとして売り出したところ大流行。こうした経緯から、ラムネのビンに入っているのはA玉。子供のおもちゃはビー玉と呼ぶようになったって説ですよね? でも、たしか、この話しって……」


「そう、1990年代にあらわれた俗説なの。ビー玉の語源は、『ビードロ玉』だとする古い文献もあるのだけど……面白いエピソードだからって、安易にそうした話しに食いつくのは、注意した方が良いわね。これは、広報部として活動している私の行動指針でもあるの」


 鳳花部長は、そう言って、クスリと笑う。そして、感慨深げにラムネ瓶の気泡とビー玉を見つめながら、独り言のように語る。


「瓶の中のビー玉は、本当にキレイね……でも、これを取り出すには、瓶という小さな世界を壊さなければいけない……まるで、学校という小さな世界で戯れている自分たちのよう……黄瀬くんは、そう感じたことはない?」


 いつもは論理的に語る上級生にしては珍しく、詩的な表現をするなと感じつつ、返答する。

 

「すいません。ボク、理系脳なので、文学や哲学的な考え方は苦手なんです」


 ボクの答えに、「そう……」と、少し寂しそうに微笑んだ部長は、ラムネ瓶に口をつける。

 彼女にならって、瓶を開封したボクも、炭酸飲料で喉をうるおす。


 5月だというのに、早くも夏日を記録した夕方に、よく冷えたラムネは心地よく身体に染み渡った。

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