幕間〜女々しい野郎どもの唄〜③
山吹あかりから、バスケ部の男女合同新入部員歓迎会のバーベキューに参加する前日、緑川武志、黒田竜司、白草四葉の三人は、県内でも最大規模のショッピング・モールである石宮ガーデンズに集合していた。
この日のファッションは、武志はドラゴンのイラストが描かれたTシャツにデニムのパンツ。竜司は無地のサマーニットシャツにシンプルなジーンズ。一方、女子の四葉は、ブランド物のハットに、度の入っていない丸メガネ、春の季節に相応しく、白の無地のシャツに淡いピンク色のシアートップスには、イエローの肩掛けバッグが映えていて、ボトムスはデニム生地のミドル丈スカートというスタイルだ。
比較的、抑えなコーディネートは、ファンの女子たちに見つからないように工夫しているらしい。
実際、このショッピング・モールでは、このひと月半ほどの間に、白草四葉の目撃談が、SNSで拡散されたことが何度かあったらしい。
「ファンサも大事だけど、今日は、緑川クンがメインだからね」
と、フォロワーの女子たちに囲まれた経験を語る彼女の声は、なぜか朗らかだ。
「買い物にまで付き合ってもらって、ゴメン」
一方、そのアドバイスを受ける側の武志は、集合した早々、竜司と四葉に対して申し訳なさそうに言葉をかける。
「そんな風に謝るなよ! せっかく、ガーデンズに来たんだし、楽しもうぜ」
「そうそう! 今日は、シッカリと明日のためのコーデをオススメするつもりだから、楽しもう!」
竜司と四葉は、二人とも気軽に「楽しもう」などと言うが……。
緑川武志は、彼自身が『リア充』『陽キャラ』の典型例だと感じているクラスメート2名の発言に、『陰キャラ』丸出しの返答をする。
「ぼ、僕は、服を買うのを楽しいと感じたことなんてないんだけど……」
「それなら、今日から、その楽しさを経験しよう!」
あくまで、ポジティブな四葉の発言に、引きこもり状態から脱したばかりの男子は、つぶやく。
「でも、服を買いに行くなんて機会は、せいぜい半年か一年に一回だし……」
おずおずと答える武志に対して、同世代のカリスマと呼ばれる女子はため息をつきながら断言する。
「なぜ非モテの人たちは、ダサいファッションをしてしまうのか? それは服に掛けるお金以上に時間が少ないからだと、わたしは思うの。世のモテる男子、オシャレな男子は服を頻繁に買う。高い服を買うというよりも、『服を買う』という行動が習慣づいている。だから失敗をしても学び、他の服でリカバリできる!」
そして、四葉は、戸惑うクラスメート男子に語りかける。
「一方で、ダサいファッションを求める非モテは違う。半年に1枚、びっくりするような高い服を買ったりする。それは、どうして?」
「そ、それは、丈夫で……」
まごつきながらも、返答しようとする武志に被せるように、四葉は口を開く。
「丈夫で長持ちしそうだから、だよね?」
「あっ、うん……」
自分の答えようとしたことを先回りされ、うなずいた後に二の句が継げない武志のようすを見ながら、竜司は苦笑しつつ、四葉に語りかける。
「シロ、もうその辺で勘弁してやってくれ。服選びを楽しむためのポイントを教えてくれよ」
柔らかい笑みを浮かべながらたしなめるクラスメートの言葉に、「む〜、わかった……」と応じた四葉は、「じゃあ、手短かに……」と前置きして、スゥ〜と息を吸って宣言した。
「脱・非モテファッションの心得その1 無地を買う覚悟を決めよ!」
「えっ? 無地の服? それこそ、僕みたいな地味な人間が着ても意味が無いんじゃ……?」
そう答える武志に、四葉は「ノンノン!」と、左手の人差し指を小刻みに振る。
「だってめったに買わないものだし……ちょっとくらい『買う理由』になる個性がないと嫌だ、なんて思ってない?」
自身の言葉に、クラスメートの男子がうなずくのを確認し、カリスマ女子は言葉を続ける。
「わたしと、黒田クンのシャツを見て、どちらも無地だけど、どこかおかしい感じはする?」
ブンブンと首を横に振る武志に、四葉は、持論を展開した。
「ただのTシャツとジーパンやんけ!? と非思うかも知れないけど……だけど、クロ……黒田クンは自分の筋肉を最大限活かすファッションを見つけている。そうだよね、黒田クン?」
急に話しを振られた竜司だが、さわやかな笑顔で応じる。
「体育会系じゃないけど、身体を動かすのはキライじゃないからな」
なるほど……と、今度は首をタテに振る武志。そんなクラスメートに向かって、カリスマ女子は、ふたたび宣言を行う。
「脱・非モテファッションの心得その2! 自分の外見の特徴を知り、体格に合った服を探すべし!」
「体格に合った服は、試着すればわかるけど……自分の外見の特徴って、どんな風に判断すれば良いんだ?」
「体格は、主に身長の高さ、太めか細身か、筋肉質か痩せ型か、童顔か渋い顔か、この辺りで決まってくると考えて、どの体格が優れているなんて事はないから、自分が、この組み合わせのどれに当てはまるかがわかっていれば、どんな服が自分に合うかわかってくるから……わたしは、モデルのお仕事を頼まれることもあるから、服を見ると、それが似合いそうな知り合いの顔が浮かんで来るけどね」
そう言いながら、四葉は、なぜか、あからさまに竜司に視線を送った。
ただ、そんな彼女の意味ありげな仕草に構うことはなく、ふむふむ、とうなずいた武志は質問を返す。
「僕の場合は、身長は中くらい、細身、痩せ型、童顔寄り、という認識で間違っていないかな?」
自分の体格に対する自己判断に自身が無いのか、おずおずとたずねた元・引きこもりの男子に対して、四葉は満面の笑みで、うなずく。
「正しく自己認識できてるって言うのは、緑川クンの長所の1つだと思うよ。そんなキミなら、大丈夫!」
彼女は、この日、最後の宣言を行った。
「脱・非モテファッションの心得その3! 自分に似合う服を探す旅に出るべし!」
「おいおい、旅ってのは、えらく大げさだな」
これまで、四葉の言葉に口を挟まなかった竜司が、笑いながら言う。
その一言に、彼女はすぐに反応した。
「大げさじゃないって! 試着して、実際に買ってみて、それでも失敗だったってこともある。でも、そんな試行錯誤こそが服選びでも重要なの。ロールプレイングゲームが好きなら、自分にピッタリ合う装備を探すクエストだって考えてもらうと良いかも。そして、自分に似合う服を選んで、『あっ、今日の服、イイよね』って、誰かにほめてもらえたら、クエスト大成功! そのあとは、もっと、『服を買う』ということが楽しくなるよ」
そんな持論を展開したあと、四葉は、アドバイスの受講者ではなく、今回は第三者のハズの男子にチラチラと視線を送りながら付け加える。
「だからね、女子のコーデをほめるのは必要なことなの……わかったかな、男子諸君?」
「オレも、いつの間にか、受講生ってことになってるのか? わかったよ、キモに命じておくよ」
肩をすくめながら、苦笑いで答える竜司を見つめる女子の表情は、この上もなく楽しげなように、武志には見えた。
そうして、心構えの長いアドバイスが終わったあと、数時間に渡って、いくつもの店舗を巡って、武志たちは、この日のクエストを終了させる。
ランチの時間帯が終わり、少しだけ客が少なくなった時間を見計らってスタバに入店した三人は、
【店内でお召し上がりのお客様は、先に席をお取り下さい】
という張り紙にしたがい、席に着く。
「シロ、先に注文して来れば?」
という言葉に笑顔でうなずいてカウンターに向かった四葉を見送ると、竜司は、武志に話しかける。
「今日の戦利品には、満足できそうか?」
「さあ……それは、明日のみんなの反応次第かな? それより、今日のアドバイザーの助言を聞いて思い出したことがあるんだ」
「ん? なんだ、思い出したことって?」
「今日の彼女のアドバイスって、『千棘くんはサイダー瓶の中』の千棘くんや夕子ちゃんのアドバイスに似てるなと思ったんだよ」
「あ〜、たしかに、それは言えるかもな。それなら、緑川的には、より納得の行くモノだったんじゃないか?」
「あぁ、そうだね。今日は、僕がメインってことで、色々と付き合ってもらったけど、黒田は、なにか気になったことはないか?」
「オレは、白草が言ってた『服を見ると、それが似合いそうな知り合いの顔が浮かんで来る』って言葉だな。たしか、『ウ◯娘』のゴールド◯チー関連で、そんなネタがなかったか?」
「あっ、それ、ローディング中の小ネタじゃないか?『ゴールド◯チーのヒミツ②『実は、服やコスメを見ると、それが似合いそうな知り合いの顔が浮かぶ』ってヤツ」
「おぉ、さすが優等生! 記憶力バツグンだな。そうだ、その小ネタだ! やっぱり、モデルみたいな仕事をしている人間は、そういうクセが出てくるんだな、って感じたんだよ」
「やっぱり、ラノベもゲームも、そういうリアリティーが大事なんだって、ことじゃないのか?」
「あぁ、たしかに」
そう言った竜司は、微笑みながらうなずいたあと、ハッとして言葉を続ける。
「そうだ! ゴールド◯チーで思い出したけど、緑川に借りた本を返しておくわ。なかなか楽しめたぞ」
クラスメートに告げながら、竜司は、バッグからコミック本を取り出すが、彼は背後から迫る影に気づかなかった。
「男の子同士で、楽しそうにナニを話してるの? ナニナニ? 緑川クンのオススメのマンガ? わたしにも教えて!」
女子生徒の声に、男子二人は、明らかに動揺の色を見せる。
「いや、これは、そう言うんじゃないから……それより、緑川、注文に行こうぜ!」
「あぁ、そうだね!」
なにが、「そう言うんじゃないから」なのかは、誰にもわからないが、コミックを手渡した竜司と、それを受け取ってカバンに仕舞い込んだ武志は、慌てたようにカウンターに向かう。
なんとか、事なきを得た、と思った彼らだが、武志に「ビッチ2号」と呼ばれたことを忘れていない白草四葉という女子生徒が、ほんの一瞬だけ、チラリと見えた2冊のコミックのタイトルをシッカリと目に焼き付けていることに気がつくことはなかった。




