第3章〜最も長く続く愛は、報われない愛である〜⑩
「なに? わたしが、放課後にどんなことをしようとクロには関係ないでしょ?」
廊下に連れ出すことには成功したものの、不機嫌モードの白草四葉は、こじれた外交関係のように、対話の受け入れを拒否する構えだった。
「そうじゃない。最近、この学校の周辺で目撃されている不審者ってのは、オレたちも遭遇したガラの悪い三人組なんだよ。あいつらは、シロにも目を付けてる可能性があるんだ。特別な用事が無いなら、頼むから明るいうちに家に帰ってくれ」
懸命に説得を試みると、その必死さが伝わったのか、神妙な面持ちになったシロは、上目遣いでたずねてくる。
「そんなに、わたしのことが心配なの?」
「当たり前だ!」
「他にも、暗くなってから、他の男子と帰るのが気になるとか?」
「ま、まあ、それもある……」
少し言い淀みながらも、そう返答すると、パッと表情を切り替えた彼女は、「ふ〜ん、そっか……」と言いながら、目を細めて、
「わかった! 心配性で嫉妬深いクロに免じて、今日は、大人しく帰ることにするよ」
と、朗らかな表情で応える。
「た・だ・し! わたしの行動を制限したんだから、クロも女子と二人で帰ったりしたら許さないからね!」
そんな余計な一言を付け加えることも忘れなかったが……。
シロの言葉に、
(昨日、モモカと二人で帰ったけど、あいつは、部活の後輩だしノーカウントで良いよな)
と、考えつつ、オレは、難儀なクラスメート女子の説得に成功したことに安心した。
その日の放課後、広報部とコンピュータークラブ、それぞれ所属する部の活動を終えたオレと緑川は、午後7時の下校時刻に合わせて、バスケットボール部の山吹あかりたちと合流する。
一昨日と昨日は、山吹たちの下校時に特に問題となるようなことは起きなかったようだが、油断はできない。
ただ、前日に山吹と帰宅したのがどんなメンバーだったかはわからないが……。
この日は、男女のバスケ部のメンバー数名だけでなく、サッカー部の堂安、ラグビー部の仲村など、オレたち二年の中でも、背丈のある男子生徒が同行するメンバーに加わっていたため、自分と緑川しかいなかった数日前のような緊張を強いられることはなく、安心感がケタ違いだ。
それは、山吹あかりにしても同じようで、相談を受けた当日に、オレたちと下校したときとは異なり、明るい表情でバスケ部や他のクラブのメンバーと語り合っている。
広報部の活動の一環として、体育会系のメンバーと関わることの多いオレと違い、コンピュータークラブに所属する緑川は、居心地が良くないんじゃないかと思っていたが、そんなオレの心配は無用だったようで、数週間前まで自室に引きこもっていたクラスメートは、楽しげなようすで、他のクラブの部員たちと談笑していた。
これも、オレと一緒に行っていたクラブ訪問の経験とシロの特別講義のおかげかも知れない。
そんな男子生徒のようすを眺めながら、ちょうど、そばを歩いていた山吹あかりに、気なっていたことを聞いてみた。
「山吹、今日、オレと緑川を誘ってくれたのには、なにか理由があるのか?」
「あっ、そうだった!」
と、声を上げた彼女は、
「ねぇ、緑川! ちょっと、来て」
そう言って、かつてのクラスメートを手招きして呼び寄せる。
そして、オレたちが、彼女を挟むように並んだところで、山吹あかりは、声を潜めてこう言った。
「昨日から、部活の下校時に集団で帰るように言われたのは、二人が動いてくれたからなんでしょ? お礼の代わりに、バスケ部で企画してるバーベキュー・パーティに招待したいんだけど、二人とも、日曜日の都合はどう?」
周囲には聞こえない程度の声量だったので、彼女に顔を寄せながら聞いていたオレと緑川は、山吹を挟んで、互いに視線を交わす。
「オレは、特に問題はないけど、緑川はどうする?」
「ぼ、僕も、日曜日はナニも予定はないよ!」
せっかく、小声で話していたのに、声のボリュームにバグを発生させたクラスメートに苦笑していると、真ん中の女子生徒は、ニコリと笑って、
「じゃあ、決まりだね!」
と言ってから、前を歩く男女バスケ部の部長である渡辺先輩と林先輩に、直前の緑川より大きな声量で声をかける。
「センパ〜イ! この前、ウチのクラブに取材に来てくれたお礼に、黒田と緑川を日曜のバーベキューに誘っても良いですか?」
山吹の声に反応した林先輩が、
「ん〜、どうするユータ? 私は、来てもらっても良いと思うケド?」
と、渡辺先輩にたずねると、男子バスケ部の部長は、軽い感じで返答する。
「まあ、サキが良いなら、別にイイんじゃね?」
こんな風に、オレたちのバーベキュー・パーティーの参加は、あっさりと了承された。
急転直下の展開ではあるが、こうした野外での交流は、オレの好むシチュエーションではあるし、先週、登校するようになってからは、積極的に他の生徒と話すようになっている緑川にとっても、さらに良い機会になるかも知れない。
「やった! じゃあ、日曜の11時に、石宮浜の総合公園に集合ね!」
住宅街の間にある緑地公園に差し掛かったところで、山吹あかりの声が響く。
周囲が木々に囲まれているため、ご近所迷惑にならないだろうことは良いのだが……。
彼女の明るい声と予想もしない急展開に、少し戸惑いながら、オレと緑川は苦笑するしかない。
こうして、大勢の人数で下校することができていれば、大きな問題が起こることはなさそうだ。
山吹たちの楽しげな表情をながめながら、そう考えていたオレは、二日後に自分の考えが楽観的すぎたことを思い知らされることになった。




