第4章〜三大配信者 芦宮高校最大の決戦〜⑯
梅雨も明けきらない、7月最初の日――――――。
湿度が高めだった放送室の室内が一気に、ピリリと、ひりついたような空気に変わる。
「最初の案では、『制作した動画への投票数が一番少なかったグループ』に罰ゲームを課す、ということだったわね……みんなも認識しているとおり、今回は、得票数316票で、黒田くん・佐倉さんのグループと白草さん・宮野さんたちのグループが並んでいるんだけど……『投票数が一番少なかったグループ』を厳密に定義すると、この両方のグループに罰ゲームをしてもらうことになるわけで……」
鳳花部長の一言に対して、佐倉さんがすぐに反応する。
「同じ得票数と言っても、最初はワタシたちのグループの票数が上回っていましたし、白草さんたちは、自分たちの投票分も加わっていますよね? なら、単独最下位は、白草さんたちです!」
たしかに、彼女の言い分は理にかなっているようにも思われるけど――――――。
当然、白草さんが、その意見を受け入れるわけがない。
「ちょっと待ってください! わたしと雪乃は、あくまでルールにしたがって投票させてもらいました。それを今さら、無効あつかいにするなんて納得できません!」
彼女の言い分も、もっともだ……。
こう言ってはなんだけど、これは、事前に得票数が並んだ場合のルールを決めておかなかった企画・運営側に問題がある。
――――――と、言ってもボクの立場で、企画立案者の生徒会や鳳花部長に対して、面と向かって、その運営方法に異を唱えるなんてことはできないんだけど……。
佐倉さんと白草さん、両者の言い分を確認した我らが広報部の代表者は、
「う〜ん、困ったわね〜」
と、珍しく戸惑いの表情を浮かべている。
なんとか、鼻うがいの披露という女子にとって(いや、男子でもあるボクだって御免被りたいことに変わりはない)は、屈辱以外のナニモノでもない罰ゲームを回避しょうと必死になる佐倉さんと、どうあっても、自分たちのグループの敗北は濃厚であるため、「死なば諸共」の精神で、ライバルを引きずり下ろそうと画策する白草さん。
竜虎相搏つという表現がピッタリのように、にらみ合う両者のそばで、正式にボクたちの新しい仲間になることが決まったばかりの下級生は、恍惚とした表情で、
「ハァ……ハァ……グループリーグ敗退が決まっているのに、眼の前のチームの歓喜を阻止するべく、必死に引き分けを狙うサッカー選手のような目つきのヨツバちゃんの表情……まるで、紅葉に映える八幡平の七滝のように美しいべ……」
と、意味のわからないことをつぶやいている。
(新入部員としては大歓迎だけど、このコも、なにかちょっと、ズレてるトコロがあるよな……)
ボクが、そんなことを考えていると、隣から控えめに、「あの〜……」という声が耳に入ってきた。
慎ましやかに、顔のあたりまで手を挙げながら発言しようとするのは、天竹さんだ。
「差し出がましいようですが……両チームともに罰ゲームの対象ということであれば、メンバーの中から、ひとりだけ、罰ゲームの実行者を選定してはどうでしょうか?」
文芸部の代表の言葉を耳にした途端、睨み合っていたふたりの耳が、ピクリと反応したのをボクは見逃さなかった。
「う〜ん、そうねぇ……別に四人とも全員が罰ゲームをする必要はないわけだし……話し合いで、罰ゲームの代表者を決められるなら、それも良いかも知れないわね……当事者の貴女たちは、どう思う、佐倉さん?」
鳳花部長の問いかけに、一年生部員は即答する。
「はい、天竹さんの提案は、問題ないと思います。そうですよね、白草さん?」
直前まで、睨み合っていた相手に話しを振られた白草さんも、佐倉さんの送る視線の意味を理解したのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、目の前のライバルと、がっちり手を握り合う。
その瞬間、ボクは彼女たちの意図を理解した。
「えぇ、そうね……花金部長、今回の罰ゲームを受けるヒトが決まりました」
そう言って、白草さんは、佐倉さんとともに、ボクの親友に向かって、視線を送る。
彼女たちの言動からは、地球の平和を守るために恩讐を乗り越えて共闘の道を選んだゴジラとラドンのように崇高のものではなく、互いに奸計と思惑をはらんだ、モロトフ=リッベントロップ協定(別名:独ソ不可侵条約。詳しくは、ウィキペディアなどを参照のこと)のような腹黒さが感じられる。
遅まきながら、当の本人である竜司も彼女たちの視線の意味を汲み取ったのだろう……。
「おいおい……シロ、モモカ……まさか……」
青ざめる友人のようすに構うことなく、ふたりの女子生徒は、声を揃えて鳳花部長に告げる。
「「今回の罰ゲームは……」」
「黒田くんが……」
「くろセンパイが……」
「「責任を持って引き受けてくれるそうです!」」
こんな時だけ息のあったところを見せた白草さんと佐倉さんの言葉に、
「ちょ、ちょっと待て〜! いくらなんでも理不尽すぎる……ここは話し合いを……」
と、竜司は声をあげたものの、友人の叫びが聞き入れられることはなかった――――――。