第3章〜裏切りのサーカス〜⑬
6月11日(土)
クラブを訪問してのインタビュー取材、文芸部とのミーティング、鳳花部長のコピーライター養成講座という放課後のハードスケジュールを終えたボクは、精神的にも肉体的にもクタクタになりながら帰宅した。
それでも、気持ちが高揚していたため、文芸部のみんなに、メッセージアプリでこんな文章を送っておいた。
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うちの部長から、
コピーライティングの手法を
教えてもらいました
文芸部のみんなにも、
協力してもらいたいので、
休日出勤OKなヒトは、
ご参加よろしくお願いします
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夜の9時近くになる時間帯だったし、予定にない急な提案だったので、参加者ゼロという事態も覚悟していたのだけど、ボクの予想に反して、なんと部員メンバー全員から参加の返事が返ってきた。
文芸部のみんなの高い士気に感謝しつつ、竜司に《編集スタジオ》の利用確認をしたところ、
「土曜は、モモカとクラブの休日練習に参加するから、大丈夫だ」
という返答があったので、遠慮なく天竹さんたちを、ボクたち『ホーネッツ』の本拠地に招くことにした。
午後になり、文芸部のみんなが集まると、《編集スタジオ》は、一気に、にぎやかになる。
「すみません、黄瀬くん。騒がしくなってしまって」
申し訳なさそうに話す天竹さんに対して、ボクは苦笑しながら答える。
「いや、これでも、白草さんと佐倉さんが揃ったときよりは、ぜんぜん静かなくらいだから……」
生徒会の意向で、今回の動画コンテストの企画案を持ってきてくれた数週間前の雰囲気を思い出したのか、天竹さんも、
「あ〜、たしかに、そうかも知れないですね……」
と答えて、微苦笑を浮かべた。
そして、部の代表者らしく、
「みんな、そろそろ始めようか?」
と、彼女が声をかけると、文芸部メンバーの表情が引き締まるのがわかった。
室内の空気が変わったことを感じ取ったボクは、壁掛けの大型ディスプレイに、タブレットPCの画面を投影する。
「LANEで、メッセージさせてもらったけど、ウチの部長が、シンキングツールを使ったキャッチコピーの作り方を伝授してくれたんだ。その流れをもとに進めようと思うので、文芸部の皆さんにご協力いただきたいと思います。今日は、いつも以上に積極的に発言してもらえると嬉しいです」
学習支援ツールのロイロノートにアクセスして、シンキングツールのひとつY図を表示させる。
中心には、「クラブの特長」と記載したカードを配置して、三分割させた各パートには、インタビューの柱となる
・このクラブの魅力
・今年の目標
・活動への想い
という三つの項目を記載しておいた。
「最初は、いわゆるアイデア出しのパートだから……インタビュー取材のときに、良く耳にしたフレーズを単語で挙げてもらえないかな?」
天竹さんと石沢さんが持っている取材ノートや各自の記憶を元に、すぐに、各パートごとに四つ〜五つのフレーズが集まった。
合計で十数個が集まったキーワードを今度は、コピー機能を使って、ひし形のダイヤモンド図に転記する。
「ここで、取材中にたくさん出た言葉や印象的な言葉を三つから五つに絞ろうと思う」
文芸部のみんなもこの作業に気持ちが乗ってきたのか、活発な意見が飛び交った結果、
・感染症明け
・先輩たちとの思い出
・普通の部活
・大会の復活
・活動できて嬉しい
というフレーズが残った。
惜しくも、上位に残らなかったカードをまとめて削除するとき、
「え〜、残念」
という声があがったけど、これも、みんなが強い思い入れをもって、この集まりに参加してくれているからだろう。
続いて、ピラミッド型のツールを取り出して、底辺の部分に残ったカードを配置する。
「この単語から、共通していたりするものを集めて、短いフレーズを作ろう」
ボクの言葉に反応して、文芸部のみんなは、こんな短文を作ってくれた。
・ようやく戻った日常の部活
・先輩たちに感謝して
・制限なしで活動できる喜びを感じて、精一杯、楽しみたい
ピラミッドの中腹あたりにこれらの短文を配置して……。
「最後は、このフレーズをまとめるかたちで、一文にする。これで、キャッチコピーが完成する……らしい。ウチの部長は、『照れずに、ちょっとキザに感じるくらいのワードを選ぶのがポイント』って言ってたんだけど……」
これまでは、淀みなく説明することができたけど、口数が少なくなってしまったメンバーを前に、ボクの進行も少しトーンダウンしてしまう。
「ちょっと、キザですか……?」
「そう言われると、難しいよね」
天竹さんと今村さんが、困ったような表情で苦笑いする。
一年生の高瀬さんと井戸川さんも、弱った表情を見せている。
ただ、《編集スタジオ》が沈黙に包まれそうになるなか、これまで口を開かなかった石沢さんが、こめかみのあたりを指でさすりながら、つぶやいた。
「じゃあ、こういうのは、どうかな――――――?」
彼女が口にしたフレーズに、ボクを含めた参加者全員は、ハッと息をのむ。
今村さんが、
「ちょっと、クサいけど……良いと思う」
と言葉を発すると、何度もうなずいた天竹さんが同意して、石沢さんの手を握る。
「うん、私もすごく良いと思う!」
二年生3名のようすに、下級生のふたりも拍手で賛同の意を示した。
ボクは、石沢さんが、語ったフレーズをシンキングツールのピラミット図の頂点に配置する。
こうして、自分たちの動画作品のコンセプトが決まったことで、ボクの中にも映像作品の明確なイメージが固まった。
そんなとき、天竹さんのスマホに、メッセージアプリの着信が入ってきたーーーーーー。