第3章〜裏切りのサーカス〜⑩
6月10日(金)
「そっか……感染症で、活動が制限されてたのは、私たちだけじゃなかったんだ」
「生徒会でも、どこのクラブも、色々と苦労しているとは聞いてたけどねぇ……そんなことになっていたとは……」
インタビュー取材としては、最後の訪問先となる吹奏楽部で、部長の早見先輩と副部長(にして生徒会長でもある)の寿先輩は、天竹さんの取材を受けながら、しみじみと語った。
ボクたちは、各クラブを取材していくなかで、どのクラブでも、前年度は演奏会や大会が中止になり、活動目標を立てるのが難しかった、という話しを聞いていた。
野球やサッカーなどの体育会系のクラブは、ニュースなどでも、大会が中止になったことを報じられる機会が多かったので、ボクのような部外者でも、その実態をある程度は把握できていたけど……。
今回、文化系のクラブを中心に活動の聞き取りを行ったことで、思うように活動ができなかったのは、大規模な大会が行われる体育会系のクラブだけではなかった、ということがわかった。
「はい……みなさん、口々に『今年は、精一杯、活動に取り組んでいきたい』『去年の自分たちや先輩たちのような想いを新入生にはさせたくない』ということを仰っていました」
吹奏楽部の代表者であるふたりの先輩の言葉にうなずきつつ、天竹さんは、これまでのインタビューで得られた各クラブの取材結果を確認しながら語り続ける。
「それらのことを踏まえて、吹奏楽部では、今年、どんな活動にチカラを入れていこうと考えていますか?」
上級生が相手のためか、少し堅苦しい質問の仕方のような気もするけど、取材の受け手である吹奏楽部の代表者のふたりは、リラックスしたようすでインタビューに応じている。
「今年は、オープン・スクールで披露させてもらったマーチングや秋の全国コンクールを含めて、色々な大会が再開されるので、まずは、それらの大会に向かって、練習に励むことが目標かな?」
早見部長が、おっとりとしながら、はっきりとした口調で吹奏楽部の活動方針を述べると、隣に座る寿副部長は、
「でも、それだけじゃないんだよね〜」
と語り、意味深な笑みを浮かべる。
「それだけじゃない、って言うと?」
寿先輩の表情の意味が気になり、撮影係を担当しているボクは、思わずインタビュアーの天竹さんを差し置いて、たずねてしまう。
(あっ、しまった!)
自分の失態を悟り、そのことが表情に出てしまったけど、天竹さんも、取材記録係の高瀬さんも、そして、吹奏楽部のふたりも、大して気にしなかったようで、早見先輩は、苦笑しながら、
「ここで、言っちゃって良いのかな?」
と、副部長の寿先輩に確認する。
「イイんじゃない別に? せっかくだから、この機会に黄瀬くんと天竹さんに宣伝してもらったら?」
笑みを浮かべたままで答える寿副部長の一言に、ほおに軽く人差し指をあてながら、早見部長は、
「それも、そうか……」
そう、つぶやいたあと、
「実はね……これは、二年の紅野さんが提案してくれたことなんだけど……」
と、吹奏楽部の独自の活動について、語ってくれた。
部長さんのお話しによると、3月に卒業した先輩たちは、感染症の影響で主要な大会や演奏会が相次いで中止に追い込まれて、最後の一年間は、まともにブラスバンドの活動ができなかったらしい。
それでも、前年度の三年生は、紅野さんたち新入生(つまり、ボクたちと同じ学年だ)を熱心に指導し、演奏力の向上に努めてくれたそうだ。
その上級生たちへの感謝と御礼を込めて、紅野さんたちは、卒業した先輩たちとの交流演奏会を企画した、というのだ。
現在の代表者である早見部長と寿副部長、そして、顧問の櫻井先生の承認も得て、この卒業生との交流演奏会は、今月末の日曜日に開催されるらしい。
「そうなんですか……彼女が、そんなことを……」
初めて耳にした、という天竹さんのようすから、紅野さんは、親友の文芸部部長にも、詳しい話しをしていなかったようだ。
「ちょっと、本人に話しを聞いてみる?」
相変わらず顔をほころばせながら、たずねてくる寿先輩に対して、天竹さんが、
「はい……彼女と吹奏楽部の練習のお邪魔にならなければ……」
と、返答すると、
「オッケー!」
軽い口調で返事をした副部長さんは、
「お〜い、ノアちゃ〜ん! ちょっと、こっちに来て〜! 文芸部&広報部の取材班が、あなたに聞きたいことがあるんだって〜」
と、なぜか、天竹さんが紅野さんを呼ぶときの愛称で、下級生をボクたち取材グループの元に手招きする。
「どうしたの葵、あらたまって……私に聞きたいことって、どんなこと?」
親友に対する気安さからか、クラブの活動中であるにもかかわらず、穏やかな笑みで応じる紅野さんに、同じく、気のおけない友人に対する話し方で天竹さんは、質問する。
「ゴメンね、練習中に……部長さんと副部長さんに、ノアが、卒業した先輩たちとの交流演奏会を企画したって聞いたから……どんな風に考えて、この企画を思いついたのか、直接、聞いてみたくて……」
友人からの問いかけに、紅野さんは、自身の考えを丁寧な言葉で返答する。
吹奏楽部の次期代表者候補筆頭と目されている彼女の答えを聞きながら、ボクと下級生の高瀬さんは、視線を交わしてうなずきあい、今回の取材に、確かな手応えを感じ取っていた。