第3章〜裏切りのサーカス〜⑨
6月7日(火)
〜黄瀬壮馬の見解〜
前日の連絡会から戻ったあと、図書室で文芸部のみんなと、各クラブとの交渉方法を再検討する緊急ミーティングを行ったあと、ボクらは、先週とおなじように、ふたりづつのペアに別れて、クラブ訪問に出発した。
幸いなことに、竜司から話しの出たふたつのクラブ以外は、引き続き、インタビューを活動風景の撮影などを行うボクたちのグループの取材を受けてくれることを約束してくれた。
さらに、この日、あらためて、ボクと天竹さんは、前日、竜司たちとデザイン会議を行っていた美術部とコンピュータクラブの部室に訪問し、正式に彼らとボクたちのグループとの協力関係が解消されたことを確認した。
「昨日は、取材先のクラブが減って、どうなることかと思ったけど、正式に断られて、むしろスッキリしたかな?」
図書室に戻るまでの廊下で、天竹さんに話しを振ると、
「そうですね……私としては、もう少し申し訳なさそうな態度を取ってもらえるかと思ったのですが……」
と、彼女は少し渋い表情で返答する。
「天竹さんの言いたいことは、良く分かるよ」
ボクは、苦笑しながら、文芸部の部長さんに同意したあと、
「でも、その辺りは仕方ないんじゃないかな……この取材を受けるのは、義務でもないし……これは、ボクの考えなんだけど、美術部やコンピュータクラブが、どんな態度だったかは、文芸部のみんなには詳細を伝えない方が良いんじゃないかな? みんなには、これから前向きな気持ちで各クラブに取材に行ってほしいし……」
と、彼女に提案してみた。
天竹さんは、歩きながら、整った形のあごに手をあてて、少し考えたあと、
「それも、そうですね……恨み言を言っていても、どうにもならないですし……部員のみんなに、前向きな気持ちで取材をしてほしい、というのは、私も同じ想いです」
と、ボクの考えに賛同してくれた。
図書室に戻ると、すでに、文芸部の他の四人の部員さんたちは、各クラブへの取材に出向く準備をしているようだ。
「おかえり、葵! もう、クラブ取材をしに行く準備はできてるよ」
明るい声で、二年生部員の石沢さんが、声をかけてくる。
「なにも、報告がないってことは、美術部もコンピュータクラブも、やっぱり、ダメだった? 仕方ないよ、気持ちを切り替えて、取材先のクラブから、たくさん、話しを聞かせてもらおう!」
同じく、今村さんが、ボクらを励ますように話す。
「そうですよ、部長! 取材させてくれるクラブは、まだ、たくさんありますから!」
一年生部員の高瀬さんが、そう言うと、同学年の井戸川さんも、うんうん、とうなずき、
「どんなお話しが聞けるか、楽しみですね!」
と、期待に胸を高鳴らせているのが、こちらにも伝わってくる。
ボクと天竹さんは、お互いに顔を見合わせて、自分たちが余計な心配をしていたことを悟り、思わず笑みがこぼれるのを我慢できなかった。
今回の取材先となるのは、紅野さんの所属する吹奏楽部に加えて、コーラス部・演劇部・筝曲部・家庭科クラブ・茶道部・華道部・書道部の8つの団体だ。
すでに、各クラブへの質問項目や、インタビューとは別に動画撮影を行う希望日などの取材をするうえでの必須事項は、まとめられている。
最初のインタビュー取材では、ふたつのグループに分かれて、ボクたちは、三人一組で各クラブに訪問して、代表者や各部員たちにインタビューを行う。
三人の役割は、それぞれ、各クラブへのインタビュー役、記録役、そして、写真撮影役だ。
映像を撮影する日は、今週のインタビューとは別に設けているけど、動画編集に使う素材は、写真による静止画のモノだって、いくらあっても困ることはない。
ボクとは、別のグループで写真撮影の係になった今村さんには、クラブの許可が得られたら、どんどん、タブレットPCで撮影を行ってほしい、と伝えている。
また、ミーティングの結果、今日から、金曜日までに、8つのクラブのインタビューを終えて、週末の土曜日からは、1日ずつクラブの活動風景を映像として収める撮影日にするというスケジュールが組まれた。
吹奏楽部、コーラス部、演劇部は、休日にも活動しているということだったので、土日に撮影させてもらうことになった。
前日は、取材をお願いしていたふたつのクラブに約束を反故にされた、というショックが、ボクたちのグループを覆っていたけど、こうして、スケジュールを整理して、現在の自分たちの取材能力と照らし合わせてみると、これくらいの数のクラブを訪問するくらいが、ちょうど良いのかも知れない、と感じる。
これからの取材日程と内容を、生徒会が準備した『動画コンテスト取材クラブ一覧』のスプレッドシートに書き込んでいく。
共有ファイルで、竜司たちのグループの記載箇所に目を向けると、ボクたちの訪問数の二倍に近い数のクラブの欄が埋まっている。
竜司と佐倉さんは、真っ先にデザイン会議の内容が書き込まれた美術部とコンピュータクラブの他にも、多くの取材先を抱えているようだけど……。
(ボクら六人でも大変なのに……竜司たちは、ふたりで対応しきれるのかな?)
そんな心配が頭をよぎったけれど、いまは、他のグループの心配をしてる場合じゃない、と気持ちを切り替えて、ボクは、天竹さんたちと、最初の訪問先のクラブの部室に向かうことにした。