第3章〜裏切りのサーカス〜⑧
〜佐倉桃華の見解〜
美術部の部室に移動する間、くろセンパイとワタシは、近況の確認を行う。
「モモカ、芦宮サクラのアテレコの準備は、順調か?」
「当然です! いつでも、OKですよ!? せっかくだから、美術部やコンピュータクラブの部員さん達の前で、披露しましょうか?」
「それは、面白いかもな! デザインが正式決定して、コンピュータークラブに協力を取り付けることができたら、あらためて、公開前のお披露目をしてみるか?」
「イイですね! みんなの前で話してみて、リアルな反応を確認しておくのは大事ですもんね!」
こんな風に、くろセンパイと話していると、今回の活動に関するアイデアが次々に出てきて、本当に楽しい。
実際に、センパイが、美術部にキャラクターデザインの依頼をするというアイデアを出したときやコンピュータークラブにVtuberに関わる技術協力をお願いすると提案したときは、ワタシ自身、驚いたものの、中学生時代に、センパイたちと放送部で色々な活動のアイデアを出したときのことを思い出して、嬉しくなった。
(これが、ワタシの求めていた高校生活なんだ!)
そんな実感が湧き上がってきて、入院のせいで出遅れてしまったワタシとしては、二ヶ月遅れの高校生活のスタートに胸が弾んでくる。
「《YourTube》や《トゥイッター》のアカウント準備も出来たし、いよいよ、今週から忙しくなるぞ!」
ワタシと同じように、充実感いっぱいという表情で語るセンパイに、
「はい、そうですね!」
と、快活に答えながらも、ワタシは、自分の心の中に少しだけ影が射すのを感じた。
まだ、正式にキャラクターデザインも決まっていない段階にもかかわらず、芦宮サクラの動画アカウントやSNSアカウントの開設準備を行うことに決めたのは、くろセンパイのアイデアだ。
「まだ、デザインも決まっていないし、アカウントの開設は、そんなに焦らなくても良いんじゃないですか?」
と、たずねるワタシに、センパイは、断言するように答えた。
「いや……正直、いまの時点でも少し遅いくらいかも知れない。おそらく、シロたちのグループは、早ければ、月曜日あたりから、《ミンスタグラム》のシロのアカウントに、ダンス部の練習風景のストーリーを流し始めるはずだ。学外のフォロワーに『動画コンテスト』の投票権があるわけじゃないが、ネット上で動画をバズらせておけば、SNSのオススメ機能で、同世代のウチの高校の生徒の目に触れる機会が格段に増えるからな」
なるほど……と、うなずくワタシに対して、さらにセンパイは自分の見解を述べる。
「シロと宮野のグループは、ダンス部以外のクラブとは連携する気が無いみたいだが……自分の知名度を活かせる宣伝期間が十分にあれば、提携するクラブが極端に少なくても、投票してもらえると考えているだろうからな」
ライバルチームのことを語っているのに、なぜか、その口調は嬉しそうだ。
これが、きぃセンパイについて語っていることなら、ワタシも、微笑ましく感じながら、
「本当に、くろセンパイは、きぃセンパイのことを良くわかってるんですね! 妬けちゃいますよ〜」
なんて、冗談めかして言ってただろうけど、その対象が、あの憎たらしい上級生であるとなれば、話しはまったく違うものになる。
センパイの見解が正しいのかどうか、ワタシには判断がつかないけれど……。
あの忌々しい、インフルエンサーを気取っている女子生徒のことを理解しているような言動をされるだけで、自分の中に、ほの黒い感情が芽生えてくるのが感じられる。
ワタシ自身は、口の悪さに加えて、自分自身の性格が決して他人から誉められることなんて無いだろうと自覚しているけど、その自分よりも遥かに、ク◯みたいな性格の持ち主の女子に対して、どうして、彼女のことを理解するように語るのか、ワタシには、くろセンパイの気持ちが、理解らなかった。
(くろセンパイへの想いはずっと変わらないままだけど……あのオンナのことを話すセンパイだけは好きになれない……)
なんなら、あのウザい上級生のことを、「シロ」と親しげに呼ぶことにすら、鳥肌がたつくらいだ。
そんなモヤモヤした気分を抱えながら、くろセンパイと動画サイトやSNSのアカウントの準備(特にプロフィール欄は入念に文面を考えた)をしていると、センパイは、つぶやくように、こんなことを言ってきた。
「オレたち……いや、芦宮サクラは、やっぱり、《ミンスタ》じゃなくて、《トゥイッター》にチカラを入れるべきなんだろうな〜。ウチの母親は、昔から『SNSの宣伝は大事だ』って言ってたけど、オレには、どうも、《ミンスタ》のあのキラキラした雰囲気が合わない」
自嘲めいた口ぶりで語るその言葉は、ワタシの思い描くとおりの彼の姿で、その話し方に思わず笑みがこぼれてしまう。
「そうですね、《ミンスタ》みたいな華やかな雰囲気は、センパイには似合いませんよ! くろセンパイには、アニメやゲームのオタクが集う《トゥイッター》がお似合いです!」
いつものように、からかうように返答すると、センパイは、
「くやしいが、なにも反論できねぇ……そうだな、こうなりゃ、オタクの意地ってヤツを《ミンスタ》のユーザーに見せつけてやろうぜ!」
と、握りこぶしを作りながら、気合いを入れるように、ワタシに同意を求めてきた。
「えぇ、そうですね!」
くろセンパイに言葉に賛同しながら、キラキラのインフルエンサーに憧れるより、アニメや声優やアイドルのファンのアカウントのつぶやきに遥かに共感することの多いワタシも決意を固める。
そう、これは、まばゆいリア充が利用する《ミンスタグラム》ユーザーとアニメやゲームの二次元コンテンツを好む《トゥイッター》ユーザーの代理戦争でもあるのだ。