第3章〜裏切りのサーカス〜⑤
〜白草四葉の見解〜
本館校舎の一階にある小会議室で、伊原先輩と摩耶と奈々子、そして、雪乃のダンス動画のパート練習の映像を確認しながら、連絡会に出席している可愛い後輩の帰りを待っている。
先週末に、選抜メンバーが決まったあと、
「月曜日は、動画コンテストのミーティングがあるので、全員が集まる本格的な練習は火曜日からにさせて下さい」
と、ダンス部の伊原部長にお願いをして、快く了承をもらっていた。
明日からは、雪乃を含めた選抜メンバーたちと本格的な練習に入る一方で、その練習風景を《ミンスタグラム》のストリーズや《YourTube》のショート動画に投稿して、学校外のフォロワーさん達にも、わたし達の活動をアピールするつもりだ。
もちろん、一五◯万人のわたしのフォロワーさん達には、今回の動画コンテストに対する投票権があるわけじゃない――――――。
けれど、学外で、白草四葉発信の動画をバスらせておくことで、各種サイトのレコメンド機能の影響で、十代のネットユーザーである芦宮高校が、日常的にスマホを使用するときに、わたし達の動画で目にする機会は、格段に増えるハズだ。
自分たちの披露するダンスと編集した動画の完成度を高めて、本番の上映会に挑むのは当然のことだけど、本番の一発勝負に賭けるだけじゃなくて、月末の投票日に向けて、自分たちの活動をアピールしておくことで、完成した動画への期待を高めて、芦宮高校全校生の投票行動につなげよう、というのが、わたしの考えた作戦のキーポイントだ。
ただの一般人と言ってもいいクロや黄瀬クンのグループを相手にするのに、自分の知名度とネット上での影響力を誇示するようで、大人げない気もするけれど――――――。
誰が相手であっても、勝負事には、一切の妥協をしないのが、わたしのポリシーでもある。
ただ、それでも、やっぱり、残念に感じるのは、今回のわたしのアイデアをすぐにクロに話して共有できない、ということだ。
もし、彼とわたしが同じグループで活動して、このアイデアを聞いたら、
「そんなアイデアを思いつくなんて、すごいな、シロ! さっそく、部長に話してみるよ! 広報部の入部は認められなかったけどさ……これからも、面白いアイデアがあれば、どんどん、オレに話してくれよな!」
なんて、手を握りながら、熱を帯びた表情で語りかけてくるかも知れない。
そんなクロの姿を想像だけで、自然とほおが緩み、表情が崩れてしまうのを抑えることができない。
「もう……クロったら、大げさだよ……でも、これからも、一緒に活動できると嬉しいな……」
妄想……いや、空想上の幼なじみにして、クラスメートの彼に返事をしていると――――――。
コンコン
小会議室のドアを叩く音がして、
「四葉ちゃん、戻ってきました」
と言って、連絡会に出席していた雪乃が戻ってきた。
わたしの熱心なフォロワーのひとりである彼女に、緩んだ顔は見せられないと、表情を引き締め、可愛い後輩に向き直る。
「おかえりなさい、雪乃。それで、ふたりのようすは、どうだった?」
いつもとは違い、どこかぎこちなさを感じさせたクロと黄瀬クンのように違和感を覚えたわたしは、雪乃が連絡会に出席する前に、彼女にLANEのメッセージを送信し、連絡会でのふたりのようすを探ってくれないか、とお願いをしていた。
わたしの問いかけに、軽くうなずいた雪乃は、連絡会で見てきた状況をスラスラと語る。
「四葉ちゃんの言ったとおりだったべ……黄瀬先輩たちが、先に取材の約束を取り付けていた美術部に対すて、黒田先輩が、Vtuberのキャラクターデザインの依頼をしたのがキッカケで、美術部は、黒田先輩のチームと組むことになったらしいんでス」
「そうだったんだ……それで、黄瀬クンは、その状況に不満を感じていた、ってこと?」
「ハッキリとは、口に出さねども、そういうことだと思いまス」
こちらの問いに、雪乃が再びうなずいて答えたことで、今朝からの状況を把握することができた。
ただ、ふたりがギクシャクしていた原因はわかったとして、問題は、そのあとのことだ。
「ねぇ、さっきまでの連絡会で、クロと黄瀬クンは、なんていうか……仲直りできたのかな?」
「わたすには、先輩たちの考えてることがわかる訳ではねぇけども……部長さん……いえ、生徒会の副会長さんが、今後の方針を提案して、うまく、おふたりを取りなしてくれたんでねぇかと思いまス。今日の連絡会で決まったことは、あとで詳しくお話しさせてもらいまス」
慎重に言葉を選びながら語る雪乃の返答に、胸をなでおろし、
「そっか……良かった……」
と、思わず安堵の言葉が漏れてしまう。
他のグループのこととは言っても、やっぱり、クロと黄瀬クンには仲の良い友人関係でいてほしい、というのが、わたしの素直な気持ちだ。
そう遠くない未来に、わたしがクロと交際をはじめたとき、黄瀬クンとの関係で頭を悩ませる彼を見たくないし、自分の彼氏が同性の友人と仲良く語り合うのをかたわらで眺めている、という構図も悪くはないと、わたしは、感じている。
その来るべき将来のためにも、クロが、余計な邪魔者と、どういう行動を取り、何を話し合おうとしているのか把握する必要がある。
そんなことを考えながら、水分補給をうながすためだろうか、都合よく小会議室に備え付けてあるガラス製のコップを隣室である放送室に面している側の壁に当てて、クロとク◯生意気な下級生の会話が漏れ聞こえてこないか確認する。
「はあ〜……放送室には、防音対策が施されていて無駄な行為なのに、黒田先輩と佐倉さんの動向が気になって仕方ない四葉ちゃんの横顔……まるで、故郷の茶臼岳の高山植物のように美しくて、尊いべな……」
コップに当てた左耳とは反対側から、雪乃のそんな声が聞こえた気もするけれど、それは、きっと、放送室から声が漏れてこないか聞き耳を立て意識を集中させていた、わたしの気のせいだろう。