第2章〜共鳴せよ! 市立芦宮高校文芸部〜⑥
「あなた達だけでなく、黒田くんたちのチームも、まだ取材先のクラブとの交渉が始まっていないなら、生徒会からの通達で、今回の企画の趣旨を各クラブに伝えることにしましょう。その方が、みんなも、クラブ訪問をしやすいでしょう?」
いつもどおりの淡々とした口調で語る部長は、「どうかしら、黒田くん?」と、竜司にたずねる。
「あ〜、たしかに、そうっすねぇ。生徒会からのお墨付きがあれば、オレたちも、取材や交渉が楽になると思います。なあ、モモカ?」
竜司が、同じチームで活動する佐倉さんに同意を求めると、
「コミュ力だけはある、くろセンパイなら、心配はいらないと思いますけど……」
彼女は、そう言ってクスクス笑ったあと、
「事前に、お知らせをしてもらっておいて、悪いことはなにもないですよね?」
と、付け加えた。
「だれが、『コミュ力だけはある』だって?」
右手の親指と小指で、佐倉さんの小ぶりな頭部を挟み、脳天締めの技を繰り出す竜司に対して、
「キャ〜! 暴力反対! DVは、ダメですよ!」
と、被害者(?)の下級生は嬌声をあげている。
今さら確認するまでもなく、チームワークは、竜司たちのグループが一番だろう。
そして、彼らの正面に座るクラスメートに目を向けると――――――。
つい先ほどまで、上機嫌だった白草さんが、舌打ちをしながら、腕組みをして、明らかに気分を害しているようだ。
こんな風に、プレゼンの発表者でありながら、友人たちの表情の変化に気を取られていたボクの代わりに、天竹さんが、
「そうしてもらえると、本当に助かります!」
と言って、ペコリと頭を下げる。
隣に立つ彼女の動作に気づいたボクも、慌てて頭を下げて、
「よろしくお願いします!」
と、生徒会の先輩方にお辞儀の体勢を取った。
竜司たちの返答やボクらのようすを見て、無言でうなずいた鳳花部長は、
「わかったわ……それじゃ、生徒会で対応することにしましょう。お願いね、茉純さん」
と、生野先輩に声をかける。
「承知しました。明日中には、クラブ活動のグループLANEに、今回の企画の趣旨と取材協力のお願いを流しておきます」
生徒会副会長と書記担当のふたりの間では、重要なモノゴトも、事務的に淡々と進んで行くようだ。
もちろん、それは頼もしいことではあるけど――――――。
いつもは、軽口ばかり言っている印象のある生徒会長の寿先輩が、場を和ませる重要なムードメーカーの役割を担っているんだということに、あらためて気づかされる。
そうして、ボクたちが、(チーム内ミーティングで、知恵を絞り出した)動画制作のコンセプトについて、最後のスライドで説明を終えると、生徒会の先輩たちを中心に、小さく拍手が起こった。
なんとか、プレゼンテーションを乗り切れたことと、上級生から拍手をもらったことに胸をなでおろし、プレゼン資料づくりに協力してくれた天竹さんと顔を見合わせる。
彼女も緊張感から解放されて、ホッとしたようで、その顔には、安堵の表情が浮かんでいた。
ただ、最初の試練(?)をなんとか乗り切って、一息ついているボクたちのチームの一方で、他のチームの間では、新たな争いが起ころうとしている。
アバターを利用する動画制作のアイデアを発表した親友と下級生の元に、口元だけに笑みを浮かべたクラスメートが近寄っていく。
「クロも、佐倉さんも、ずいぶんと余裕がありそうだけど……色々なクラブに取材の申込みをしに行かなくて良いの?」
その瞳からは、相手チームへのライバル心というだけでは説明の付かない敵意が見て取れた。
敵愾心むき出しの上級生の発言に対して、佐倉さんは、
「白草センパイ、ご心配なく! 生徒会からのLANEメッセージが送信されてから、交渉に行かせてもらおうと思っていますし……くろセンパイは、交渉ごとでは、とっても頼りになりますから、ね!」
そう言って、竜司の腕にからみつこうとしている。
一方の竜司は、ジャレつく下級生をあしらいながら、白草さんの質問に答えた。
「まあ、モモカ曰く、『コミュ力だけ』は、評価されてるみたいだからな……事前に、めぼしいクラブに対しての根回しは終わってるよ」
友人の一言は、質問者(というより、単にからみに行ってるだけのような気がするけど)の白草さんより、ボクの心に刺さる。
(鳳花部長と生徒会のご厚意に甘えているけど、やっぱり、事前に取材するクラブのリストアップや事前交渉はしておくべきなんだよな……)
こんな風に、ボクが、ひとりで落ち込んでいるかたわらで、他チームの争いは、さらにヒートアップしているようだ。
「そうです、白草センパイ! 貴女は、貴女のチームのことだけどうぞ! ワタシたちに干渉しないでください」
佐倉さんが、白草さんを煽る声が耳に入ってくる。
「どっちのチームも余裕だなぁ……」
誰にも聞こえないようにつぶやいたつもりだったけど、ボクが漏らした一言に、天竹さんが反応した。
「本当にそうですね……白草さんたちも、佐倉さんたちも、自分たちが最下位になる可能性なんて、微塵も考えていないんでしょうね……」
不意にかけられた言葉に、少し戸惑いながらも、「そう、なんだろうね……」と、苦笑しつつ同意する。
佐倉さんの露骨な挑発に、何ごとかを言っている白草さんのようすを興味深そうに眺めている生徒会の上級生たちと、肩を震わせながら怪しげに観察している宮野さんの姿を見ながら、ボクは、小さくため息をついた。