序章〜怪獣たちのバラード〜
5月21日(土)
ささやかながら、約ひと月遅れの新入部員歓迎会を行うべく、ボク、黄瀬壮馬と親友の黒田竜司が活動の場所としているマンションの一室に、一年生の佐倉桃華さんと宮野雪乃さん、そして、四月に転校した来た僕らのクラスメートである白草四葉さんに集まってもらった、ということまでは良かったんだけど――――――。
予想どおり、竜司をめぐって対立関係にある白草さんと佐倉さんは、口論を始めてしまった……。
さらに、どうしたわけか、
「ウチの副部長と広報部の部長さんから伝言を預かってきたから、中でお話しをさせてもらっても良いかな?」
と、ボクたちのクラスのクラス委員である紅野アザミさんと彼女の友人の天竹葵さんまで、ボクらのマンションにやって来た。
彼女たちの訪問してきたことによって、白草さんVS佐倉さんの不毛な口論は、いったん終息したので、ありがたいことはありがたいんだけど、紅野さんたちは、いったい、どんな伝言を持ってきたんだろう?
いまどき、メッセージアプリなり、無料通話アプリなりで、いつでも連絡が取れるのに、わざわざ、この二人を伝達者として、この部屋に寄越したということは、吹奏楽部の寿副部長と我らが広報部の花金鳳花部長には、何らかの意図があるんだろう――――――。
ゴジラ、ラドン、モスラの地球三大怪獣が一同に会したかのような修羅場の出現に、ボクの全身は強張る。
(このあと、いったい、どうなってしまうんだ――――――)
そんな緊張の糸をほどいたのは、ある意味、この自体の当事者と言っても良い親友の一言だった。
「おおっ……編集室が、エラく賑やかになってると思ったら、紅野と天竹も来てくれてたのか? 今日は、ウチの一年の新入部員歓迎会を開催してるとこなんだが……なにか、用事があって、来てくれたのか?」
お茶の準備を終えて、戻ってきた竜司が、紅野さんたちに声をかけると、クラス委員の彼女は、すぐに反応して、ボクに話したことを復唱するように語る。
「あっ、黒田くん! 急にお邪魔しちゃって、ゴメンね……ウチの副部長と広報部の部長さんから伝言を預かってきたんだ。ちょっと、お話しをさせてもらっても良いかな?」
「そうなのか……鳳花部長も、わざわざ、紅野と天竹に頼まずに、LANEで連絡をくれれば、いつでも、話しを聞くのに……迷惑を掛けて、すまないな……話しを聞かせてもらおうから、とりあえず、二人ともテーブルのそばに座ってくれ。壮馬、俺たちの飲み物を紅野と天竹に譲ってもイイよな?」
親友は、ボクに向かって唐突に話しを振ってきたけど、とにかく、この場を収めるために、ボクはその問いかけに快諾する。
「もちろん! 紅野さんたちの話しを聞かせてもらおう!」
突然の訪問者が語った内容は、生徒会役員を兼任している寿先輩と鳳花部長が、考えそうなことではあった。
※
「ふ〜ん……学校の広報活動として、部活のプロモーション動画制作か……」
つぶやくように返事をする竜司に対して、天竹さんが答えた。
「はい! 広報部を中心に三つのグループに別れてそれぞれが作品を制作し、優秀な作品を投票で決めようと考えているそうです」
「なるほど……生徒会主催でコンペティションを開催しようってことみたいだね」
二年生にして、文芸部の代表を務める天竹さんの言葉にボクが応えると、彼女は、大きく首をタテに振って肯定してくれた。
その一方で、新入部員の一人が、おずおずと手を挙げて質問する。
「あの……恥ずかしい質問かもなんでスけど……コンペなんとか、ってなんだべか?」
「コンペティションって言うのは、競争や競技会のことよ。ビジネスの場面だと、広告やプロモーション、イラストのデザインやウェブ制作、建築設計の選考の時に使われることが多いかな? わたしが得意な音楽の分野だと、コンクールとかコンテストとほぼ同じ意味で使われてるかな?」
新入生の宮野さんの疑問には、すぐそばに座っていた白草さんが答えた。
鳳花部長と、そこそこ付き合いが長い、広報部所属のボクからしても、白草さんの回答は、ほぼ完璧なモノだった。
こと竜司がからむことに関しては、子どもっぽく感情をむき出しにすることも多い彼女だけど、こういった時に大人びた雰囲気を感じさせるのは、やっぱり、ご両親が芸能関係に関わる仕事をしているからだろうか?
――――――などと、ボクが、転入生の人となりに関心を寄せている間に、室内の会話は先に進んでいるようだ。
「その宣伝コンテストを広報部でやるべか?」
再び質問する宮野さんに、今度は、生徒会長であり吹奏楽部の副部長である寿美奈子先輩からの伝言を伝えに来てくれた紅野さんが答えた。
「うん……正確には生徒会と広報部の合同企画ってことになるみたい」
うなずく紅野さんに、今度はもう一人の新入部員である佐倉さんが、問いを重ねる。
「さっき、三つのグループに別れるって言ってましたけど、グループ分けは、どんな風に決めるんですか?」
「その辺りの詳細については、月曜日の放課後にあらためて説明するので、広報部の部室に集まってください、とのことです」
佐倉さんの質問に、天竹さんが返答し、ボクたちは、生徒会役員を務める二人の先輩が託したという言伝ての内容を、おおよそ理解することが出来た。
《編集スタジオ》に集まっていたメンバーが、その中身について思案しているのか、言葉を交わすことのないまま、熱心に考え込むような仕草を取っていると、竜司が、最後に訪問してきた二人をねぎらうように言う。
「そういう内容なら、業務連絡でメッセージを送ってくれれば良かったのに……紅野、天竹、わざわざ、オレたちのために伝えに来てくれて、ありがとうな……」
さわやかな笑顔で、クラスメートに声をかける友人の姿を目にしながら、ボクは、
(こんなことを伝えるために、わざわざ紅野さんたちをここに来るように仕向けたのは、きっと、寿先輩なんだろうな。でも、いったい、どんな意図があるんだろ?)
と、考えていた。
ともあれ、ボクたちは、週明け月曜日の放課後に、再び広報部の部室に集まることになった――――――。