第4章〜推しが尊すぎてしんどいのに表現力がなさすぎてしんどい〜⑬
もちろん、どんな風に考えるかは、彼女の自由だけど――――――。
「そんなに、きぃセンパイへの評価が高いなら……紅野センパイより、天竹センパイ自身が、きぃセンパイと付き合えば、イイんじゃないですか?」
とくに、意識することなく、つい感想めいたことをなにげなく口に出してしまう。
すると、意外なことに、カフェに入って来て以来、ずっと冷静な雰囲気で話しを続けていた文芸部の部長さんは、「えっ!?」とつぶやいたあと、
「な、な、な、な、な、な、な、ナニを言っているんですか!? わ、私が黄瀬くんと付き合うなんて、そんな!」
と、誰がどう見ても動揺した素振りで声を上げた。
(なんて、わかりやすい……)
冷静さを失った人間を目の前にすると、心の落ち着きを取り戻すものだ。上級生の狼狽ぶりを眺めながら、
(天竹センパイにも、カワイイところがあるんだ)
そう感じつつ、苦笑して、
「いまのは、ワタシの素朴な感想ですから、そんなに、真に受けなくてもイイですよ」
と、返答する。
「そ、そうですか……」
やや不機嫌そうな声色で応答した文芸部の部長さんは、
「と、とにかく……黄瀬くんは、ノアとの方が相性が良いと、私は考えていますから! 二人のためなら、なんでもしようと思っています」
と、あらためて、きぃセンパイと紅野センパイを『推す』宣言を行う。
(カプ厨的な価値観を現実に持ち込むのは、色々な意味でし《・》ん《・》ど《・》い《・》ですよ……)
口に出しそうになったつぶやきを、グッと飲み込んで、笑顔を作ったワタシは返答する。
「天竹センパイのお考えは、良くわかりました。こちらが困るようなことにはならなさそうですし……ワタシにも、できることがあれば、天竹センパイに協力させてもらいますよ」
すると、目の前のセンパイは、穏やかな表情を取り戻し、
「佐倉さん、ありがとう……」
と、落ち着いた声で感謝の言葉を返してくれた。
しかし――――――。
ワタシが、
「でも、本当に良いんですか? 自分の気持ちには素直になっておいた方がイイですよ?」
と、自分でも、お節介と感じられる一言をつぶやくと、またしても、彼女は表情を固くして、こんなことを言ってきたのだ。
「それは、佐倉さん自身にも言えることではないですか? 黄瀬くんに話しを聞かせてもらったんですけど……中学校時代の校内放送では、ずいぶんと、黒田くんにヒドいことを言っていたそうじゃないですか? それが無ければ、いま頃は、あなたと黒田くんの仲も、もっと深まって――――――」
「か、か、か、か、か、関係ね〜し!」
彼女の言葉が終わる前に、ワタシは声を張り上げていた。
午前中の静かなカフェの店内に自分の声が響き渡る。
ランチタイムが始まる前だったので、店内に、他のお客さんはそれほど多くはなかったけれど、そのうちの何人かの視線が自分に集まっていたため、
「すみません」
と、立ち上がって、小さく彼女たちに会釈をする。
そして、あらためて、席に着いたワタシは、目の前の状況生に向かって、
「ちょっと! くろセンパイとワタシのことは、いまは、関係ないじゃないですか!」
と、小声で伝える。
こちらが取り乱してしまったせいか、今度は、彼女のほうが冷静になり、
「そうでしょうか? 佐倉さんは、同性の私から見ても魅力的だと思いますし……中学生のとき、普通に《・》黒田くんとコミュニケーションを取っていれば、彼と良い仲になっていて、白草さんや、ノアの付け入る余地なんて、なかったんじゃないですか?」
ワタシ自身が、もっとも気にしていることを、グリグリと的確に突いてくる。
「そ、それは、たしかに、そうですけど…………」
繰り出される正論パンチに、反論の余地はなく、同意せざるを得ないがために、ゴニョゴニョと、口ごもるように返答すると、天竹センパイは、落ち着いた口調で、
「すみません……佐倉さんの個人的な事情に立ち入るつもりはなかったのですが……」
と、謝罪の言葉をかけてくれた。