第4章〜推しが尊すぎてしんどいのに表現力がなさすぎてしんどい〜⑪
「はい……」
どんな話しが出てくるのか――――――と、身構えて緊張していたため、返答する声が、思ったより小さくなってしまったが、そんなこちらのようすを気にすることもなく目の前の上級生は話し始める。
「先週のオープン・スクールのときや、週明けの教室、放送室での白草さんとのやり取りを見ていて思ったんだけど――――――佐倉さん、あなた、黒田くんと白草さんの関係が気になるんじゃないですか?」
ストレートな問いかけを避けた、やや婉曲的な表現ではあるが、もちろん、彼女の考えていることは、間違っていない。
「えぇ、そうですね。ワ《・》タ《・》シ《・》の《・》大切なセンパイを傷つけたわけですから……はっきり言うと、広報部の部員でもないのに、周りをウロウロされるだけでも、迷惑です」
どうせ、彼女には、ワタシのくろセンパイに対する好意はバレているだろうから、あえて、強調すべきところは強調して伝えておいた。
すると、目の前の上級生は、分厚いレンズのメガネのつるの部分に触れながら、穏やかに微笑んで、
「ありがとう。そうして、素直に答えてもらうと、お話しがスムーズに進んで助かります」
と前置きしたあと、思いもよらない提案をしてきた。
「私が、佐倉さんに伝えたかったのは、あ《・》な《・》た《・》と《・》黒田く《・》ん《・》の《・》仲を《・》進展さ《・》せ《・》る《・》お手伝いができないか? と言うことなの」
そのあまりに突拍子のない申し出に、思わず「へっ?」と声が漏れる。
さらに、すぐには理解の追いつかない彼女が発した言葉を認識するため、確認するように、自分でも、その内容を声に出して、問い返す。
「くろセンパイとワタシの関係を、ですか?」
こちらからの問いかけに対して、「えぇ……」と、ゆっくり首をタテに振った彼女は、
「いきなり、こんな話しを持ち出されても驚くでしょうから……まずは、私の考えをじっくりとお話しさせてくれませんか?」
と、ことわりを入れてきた。
(このセンパイは、いったい、どんな意図があって、こんなことを言い出しているんだろう?)
相変わらず、不審に思う気持ちを隠せなかったが、ワタシは、彼女の言葉に黙ってうなずくしかなかった。
※
じっくりお話しさせてくれない? と言った天竹センパイの自説を聞き終えたワタシは、一言
「ふ〜ん……なるほど、そういうことですか……」
と、つぶやいて、考える。
「どうでしょう? 佐倉さんには、デメリットのない提案だと思うのですが……」
彼女の話しをまとめると、こんな感じになる。
文芸部の部長さん曰く、
・白草さんは、紅野さんへの再告白を炊きつけるフリをして、くろセンパイの気持ちが自分に向くように仕向けていた。
・くろセンパイも、まんまとその思惑に乗り、紅野さんの気持ちを振り回すことになった。
・しかし、現在(天竹さんの見立てでは)紅野さんの気持ちは、くろセンパイに傾きつつある。
・(天竹さんとしては)白草さんだけでなく、くろセンパイも信用がおける人物ではないため、彼と紅野さんの仲が発展しないようにすることが望ましい。
・といっても、くろセンパイと白草さんが、すんなりと交際に至った場合に、紅野さんを振り回した経緯から、ふたりの関係を応援する気持ちにはなれない。
「そこで――――――佐倉さん、あなたが、私の考えに合致する、いちばんの適格者というわけなんです。あなたと黒田くんの仲が進展すれば、ノア……アザミも気持ちに区切りをつけやすいでしょうし、私の大事な友人の気持ちをもてあそぼうとした白草さんへの復讐にもなりますから――――――」
天竹センパイは、そう言って、彼女の持論を締めくくった。
たしかに、彼女の言うように、ワタシにとって、いまの時点でデメリットとなりそうなことは見当たらないけれど……。
とはいえ、自分にとって、あまりに都合の良すぎる話しであることと、付き合いの浅い中でも、人柄の良さが感じられる紅野センパイと違って、まだ、どんなヒトなのか良くわかっていない天竹センパイの申し出を信用して、スンナリと受け入れて良いものかは、まだ判断できない。
彼女からの提案を頭の中で整理していると、自分の考えが表情に出てしまったのだろうか、文芸部の部長さんは、
「難しい顔をしていますね? 突然の申し出だったし、無理もないかも知れません。今すぐ、答えを出さなくても良いので、ゆっくり考えてもらって大丈夫ですよ。私が協力できることがあれば、何でもさせてもらいますから……」
と、落ち着いた口調と表情で語る。