第3章〜カワイくてゴメン〜⑪
3月9日(火)
ワタシが、山の手中学校の放送部に入部して、二年近くの月日が流れた――――――。
この日は、ひとつ上の学年のくろセンパイと、きぃセンパイが中学の卒業を迎える日だった。
感染症の影響で、ワタシたちの中学校でも、味気ないオンライン開催となってしまった卒業式では、インターネットのテレビ会議システムを使って、在校生が卒業生を送る歌を歌うことになっていた。
本来は、友人の結婚式のために作られたという、自分たちの世代にとっても、卒業ソングの定番となっているその曲の歌詞に目を落としながら、ワタシは、その詩の意味を噛みしめる。
これまでは、漠然と卒業式の季節に相応しい曲だな、と感じていただけだったけど……。
大切な人に向けて贈る歌だと考えると、あらためて、歌詞が心にしみる。
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大きなあくびをした後に
少し照れてるあなたの横で
新たな世界の入口に立ち
気づいたことは 1人じゃないってこと
瞳を閉じればあなたが
まぶたのうらにいることで
どれほど強くなれたでしょう
あなたにとって私もそうでありたい
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とくに、「新たな世界の入口に立ち〜」と歌われる箇所からサビの部分の歌詞は、卒業して新しい場所に立つセンパイたちだけでなく、彼らがいなくなってしまう場所に、一人で残される自分の立場とも重なるように感じ、胸にこみ上げてくるものがあった。
一年生だった、あの春の日、一人で周りの生徒に立ち向かおうとしていたワタシに、
「自分は、ひとりじゃない」
ということを気づかせてくれたのは、くろセンパイたちだ。
自分の居るべき場所をセンパイたちに作ってもらえたことで、自分は、強くいることができた。
そして、今度は、自分が相手にとっても、そういう存在になりたい――――――、と強く思う。
そんな想いで歌うこの曲は、歌を贈る相手の門出を祝福し、『3月9日』のとおり、3と9で、感謝の気持ちを表したいという、いまの自分の気持ちにピッタリの歌だと感じる。
卒業式の式典が終わると、三年生の各教室に集まっていた卒業生が、ゾロゾロと校舎から出てきた。
体育館で一斉に集合しての式典は行われなかったけど、クラブ活動などで交流のある在校生との『最後のお別れ』は認められていたので、同級生や下級生の放送部員たちと一緒に、くろセンパイ・きぃセンパイを見送るため、ワタシたちは校門で待ちぶせしていた。
周りでは、他のクラブの卒業生が在校生と最後の別れを惜しんでいるなか、
「はぁ〜……卒業式と言えば、告白イベントのクライマックスなのに、ボクたちには、ま〜ったく縁がないみたいだね〜」
「そんなの、マンガかゲームの世界だけだろ……それに、壮馬はともかく、オレは、毎週の放送で、モモカに散々『非モテ』のレッテルを貼られたからな……中学生活最後の日に、女子から『キモい』と言われなかっただけ、マシだわ……」
「ちょっと、こんな時まで、陰キャムーブはやめてよ! ボクにまで非モテが伝染る……」
と、普段とまったく変わらない会話をしながら、こちらに歩いて来る二人組がいた。
(せっかく、ワタシたち下級生が気持ちよく送り出してあげようとしているのに、これだ……)
卒業の日までノリの変わらないその姿を、心のなかで苦笑いし、あきれながら、ワタシは声をかける。
「な〜に、キモいこと言ってんですか、くろセンパイ!」