第2章〜黒と黄の詩〜⑧
それでも、まったく作業を進めずにいるのも、ボクのプライドが許さないので、模造紙を横向きに広げ、大まかにレイアウトを組んでいく。
実は、ゴールデン・ウィークの間に、自宅のPCで、Googleスライドにアクセスし、発表用のレイアウト案を考えていたのだ。
自分たちの班は、五人グループなので、最上部に『私たちの県の特色』というタイトルを付け、その下には、五つのカテゴリーに分けて、調べた内容を書き込めるように、スペースを作っていく。
春休みに行ったテーマパークで買ってもらったペンケースから取り出した鉛筆で、レイアウトの下書きをしていると、教室のドアが開き、
「黄瀬〜、待たせたな〜」
と言いながら、黒田が戻ってきた。
「どこに行ってたんだよ? 自分で教室に残ると言ってたくせに……」
模造紙の上に、四つん這いの姿勢になりながら、手提げカバンを手にしているクラスメートにたずねると、彼は、ニヤッと笑顔を作り、
「こんなの買ってきた!」
と、カバンの中から、ペットボトルのドリンクを二本取り出した。
「え!? わざわざ、学校の外まで行って買って来たの?」
「あぁ! ちょっと暑くなってきたし、ノドも乾くだろ?」
「だからって……先生にバレたら、どうするんだよ?」
「大丈夫だよ! 今日、和田先生は、放課後の出張研修で、もう学校にはいないから教室には戻ってこねぇよ」
いや、自分たちのクラスの担任が不在だとしても、同じ学年の他のクラスの担任は学校内に残っているし、ぜんぜん大丈夫な状況ではないのだが……。
そんなことは、まったく意に介さず、黒田は、
「先週は、学校休んで、グループ発表の準備に参加できなかったからな……お詫びとして、取っておいてくれよ。ポ◯リとオ◯ンジーナ、どっちが良い?」
などと、勝手に話しを進めている。彼の強引さに、ため息をつきつつ、
「じゃあ、オ◯ンジーナで……」
両隣の教室からは、自分たちと同じ四年生の声しか聞こえていないので、いま、近くに教師の姿は無いだろうと判断し、ボクはペットボトルを受け取った。
一方、黒田は、教室後方の床に広がる模造紙に目を向けて、ボクに問いかけてくる。
「もう、なにか書き始めてるのか?」
「いや、まだ全体のレイアウトを下書きしてるだけだよ……」
「そっか……このデザインは、黄瀬が考えたのか?」
「まぁ、休みの期間中に、ウチのパソコンで、チョットね……」
「マジで!? スゲェじゃん! 総合の授業でも、そんなこと習ってないだろ?」
「まぁ……通ってるプログラミング教室で、色んなサービスの使い方を教えてくれるからね」
そんな風に返答すると、黒田は、「そっか〜。スゲェな〜」と言いつつ、
「それって、学校のコンピュータ室でも使えんの?」
と、たずねてきた。
「まぁ、インターネットとGoogleクロームのブラウザが使えれば、大丈夫だと思うけど……」
「ふ〜ん……よくわかんねぇけど、使えそうなら、コンピュータ室のパソコンで、もう少しデザインを考えたりできないかな? いや、黄瀬の考えてくれたのも良くデキてると思うんだけどな……」
黒田の言葉を途中まで聞きながら、
(なんだよ、ボクの考えたレイアウトじゃ不満だって言うのかよ!?)
と、一瞬、反発を覚えたが、最後にフォローする一言が入ったので、不満は口に出さないことにする。
黒田竜司が、月曜日の放課後にコンピュータ室が開放されていることを覚えていたのは意外だったけど、担任の出張予定を把握していたり、相手に気をつかうような話し方をしたり、ズボラな性格に見えて、案外、細かな点に気が付くヤツなのかも知れない。
「じゃあ、コンピュータ室に行ってみる?」
ボクは、彼に声をかけて、教室の後方に広げていた模造紙と道具類を片付け、黒田から受け取ったオ◯ンジーナのボトルを通学カバンに忍ばせて、移動する準備に入った。