第2章〜黒と黄の詩〜②
放送室から生徒昇降口に向かう手前にある図書室に入室すると、入り口から近い席に座って、天竹さんが文芸部の部員と思われる生徒数名とともに待ってくれていた。
「お待たせ! 天竹さん」
そう声をかけると、
「あっ! 黄瀬くんだ!」
と、天竹さんの隣から声があがる。制服のタイの色から、ボクと同じ学年であることはわかったが、クラスが違うので、名前を正確に思い出すことができなかった。
「えっと……」
声をかけてくれた女子生徒の名を呼ぶことができず、反応に困っていると、彼女の方から、
「G組の今村です。ウチの部長が、いつもお世話になってます」
と、丁寧にあいさつをしてくれた。
「あ……どうも」
あまり面識のない人を相手にするのが苦手な自分が、あいまいな感じで返答すると、今度は、今村さんの向かいに座っている生徒が、口を開く。
「ナツ……お世話になっているのは、葵っちだけじゃないでしょ。黄瀬くんの編集してくれたクラブ紹介の動画のおかげで、今年も新入部員が入ってくれたんだから! あ、私はF組の石沢です。お礼が遅れたけど、クラブ紹介の時の動画制作、本当にありがとう! いま言ったみたいに、広報部特製の動画のおかげで、こうして、新入部員にも恵まれました」
石沢さんと名乗った女生徒は、自己紹介を兼ねて、お礼の言葉を述べてくれた。
他のクラブとの交渉事は、竜司と鳳花部長にお任せしているので、ボク自身は、クラブや委員会の宣伝・広報に関わった人たちから、直接お礼を言ってもらえる機会は、あまりなかった。
そんな、慣れないシチュエーションに、戸惑いながら、
「そう言ってもらえると、嬉しいな。こちらこそ、ありがとう」
と、文芸部の面々に、こちらからも感謝の言葉を伝えると、
「お二人は、どういう関係なんですか?」
一年生と思われる生徒が、天竹さんとボクを交互に見ながらたずねてきた。
すると、文芸部の部長さんは、威厳を示すように、ピシャリと言い切った。
「黄瀬くんは、クラスメートで、私たちの活動の宣伝を手伝ってくれただけです」
ボクもうなずきながら、
「ボクたち広報部にできることがあれば、いつでも協力させてもらいます」
と、慣れていない営業トーク(?)なるものを語ってみる。
「じゃあ、高瀬さんも井戸川さんも、次の執筆のテーマが決まったら、今日はもう解散にしましょう」
天竹さんは、好奇心に満ちた視線のなかで交わされる会話を打ち切ろうとしたのか、質問をしてきた女子と、もうひとりの穏やかに笑っている女子に対して、そう声をかけた。
「は〜い、わかりました」
「それじゃ、私たちは、そろそろ行こうか?」
部長の一言に、一年生と二年生の部員たちは、それぞれ反応を示し、
「では、今後も部長ともども、文芸部をよろしくお願いします」
という今村さんの言葉とともに、天竹さん以外の四人の部員は、図書室をあとにする。
部員たちが出て行ったことを確認した天竹さんは、ボクが彼女の対面の席に腰掛けたことを確認すると、あらためて、申し訳なさそうな表情で、謝罪してきた。
「黄瀬くん、ごめんなさい。みんな、普段は、ああいった感じではないんですが……」
「いやいや、そんな! 別に気になるようなことはなかったから……」
恐縮するように語る彼女の口調に苦笑しながら、返答すると、彼女は「ありがとうございます……」と、小さな声で応じてくれた。
そして、
「黄瀬くんとお話しをしたいことは、二つあるんですが……このあと、ノアにも合流してもらえるので、今日は、そのうちの一つを聞かせてもらえたら、と考えています」
と、本題を切り出す。
(ボクと話したいことと、ボクに聞かせてもらいたいこと? いったい、なんだろう?)
疑問に思いながらも、そのことを口に出せないでいると、天竹さんは、
「あっ、その前に、もうひとつ確認したいことが……」
と、独り言のようにつぶやく。
普段は、相手の会話のペースを乱すことがない彼女が、珍しく、自分のペースで会話を進めようとするようすを眺めながら、
「確認したいことって、なにかな?」
合いの手を入れると、「す、すいません。勝手に話しをしてしまって」と、彼女は、再び謝ったあと、ボクたち広報部の即戦力となり得る新入部員の名前を口にした。
「確認したいことというのは、一年生の佐倉さんのことです。彼女は、やっぱり、黒田くんのことが――――――」