第2章〜黒と黄の詩〜①
5月13日(金)
黄瀬壮馬が親友の黒田竜司とともに、動画編集の拠点にしているマンションの一室、通称《編集室》には、壮馬とともに、三名の女子の姿があった。
「黒田クンと黄瀬クンの小さい頃の話しが聞けるなんて楽しみ!」
にこやかに語るのは、白草四葉。
「ゴメンね、黄瀬くん……急にお邪魔しちゃって……」
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にするのは、紅野アザミ。
「白草さんに声をかけるつもりはなかったのですが……」
恨めしそうな表情で、小さく抗議の声をあげるのは、天竹葵。
そして、この部屋の借り主である壮馬は、
(いったい、どうして、こんなことになってしまったんだ……)
と、困惑した表情で、目の前の三人の女子に目を向けながら、葵との約束で一緒に下校することになった、この日の放課後までに起きたことを思い返していた。
※
〜黄瀬壮馬の述懐〜
火曜日の放課後、放送室に広報部のメンバー以外の生徒が集まってきた際、去り際に、
「黄瀬くん、近々、ゆっくりお話しすることはできませんか?」
と、ボクに声をかけてきたのは、天竹さんだった。
前日の月曜日、白草さんに始業式(いや、本人にとってはもっと前からかも知れないが……)から、オープン・スクール当日に至るまでの犯行(?)動機を洗いざらい語ってもらったことで、一件落着と考え、その同級生が広報部への入部を鳳花部長にやんわりときょひされたことで、厄介ごとから開放されそうだ、と安心しきっていた自分にとって、それは、意外な申し出だった。
(天竹さん、これ以上、ボクにどんな話しがあるんだろう?)
疑問に思いながらも、今週の予定を広報部の代表者に確認する。
「鳳花部長、今週の広報部の活動予定は、どうなってますか?」
ボクの急な問いかけにも、花金先輩は、いつも持ち歩いてというスケジュールが、びっしりと書き込まれているという手帳を確認し、
「そうね、今日は、このあと、佐倉さんと部員の顔合わせ。明日と明後日は、学校行事で司会を任せようと思ってる彼女を各クラブや委員会に紹介して回ろうと思ってるんだけど……金曜日は、私の方で生徒会のミーティングがあるから、活動内容も限られると思うし、この日は早く帰ってもらっても大丈夫よ」
と、素早く、的確に情報を返してくれる。
「部長、ありがとうございます!」
頼りになる先輩にお礼を言ったあと、
「――――――と、いうわけで、金曜日の放課後なら都合がつきそうだけど、天竹さんの予定はどうかな?」
と、ボクに話しがあるという文芸部の部員さんにたずね返す。
「はい……では、金曜日は都合をつけるようにします」
天竹さんが返事をすると、
「じゃあ、ワタシも金曜は、早く帰らせてもらおうと思います!」
と、佐倉さんが反応し、寿生徒会長は、
「そっか! 今月の生徒会定例会は、金曜日だったか〜。じゃ、私たちのパート練習も金曜日は軽めにしておこうか?」
紅野さんに、そう提案をしていた。
「そうですね! 土曜と日曜に備えて、ゆっくり休ませてもらいましょうか?」
二年生の次期パートリーダー候補は、軽く微笑みながら副部長の案に賛同する。
「また、週末も一日練習漬けなの? 相変わらず、吹奏楽部は大変ね……」
鳳花部長が同情するように言うと、
「いやいや! 活動の忙しさは、イベント前の広報部も同じでしょ?」
吹奏楽部の副部長は、澄ました表情で返答していた。
週の前半にこんなやり取りがあって、週末に天竹さんと話し合う機会を持つことになったのだが―――――――。
※
金曜日になり、放課後、竜司と一緒に広報部の連絡事項の確認のため、放送室に顔を出すと、佐倉さんが待っていた。
「《Benly》で確認したら、くろセンパイと、きぃセンパイが一緒にいるみたいだったから、ここに来るだろうなと思って、待ってました! 今日は、活動予定もないみたいですし、くろセンパイ、一緒に帰りませんか?」
一年生の新入部員は、ボクたちの顔を見るなり、開口一番、声をかけてくる。
佐倉さんの入部が正式に認められると、その日の部活ミーティングで、広報部部員の《Benly》の登録が推奨され、部員全員が、友だち申請を行って、位置情報の共有を行った(鳳花部長だけは、位置情報をあいまいにするゴーストモードを適用している)。
早速、アプリの効果を実感していると、
「なんで、オレだけを誘うんだよ? 壮馬が拗ねるだろ?」
ジョークと苦笑を交えて竜司が佐倉さんのお誘いに返答し、彼女は、
「きぃセンパイは、これから待ち合わせの予定があるんですよね?」
と、ボクに話しを振ってくる。
「なんだ、そうなのか?」
「うん……天竹さんから、『話したいことがある』って言われてるから、これから、図書室に行って、話しを聞いてみようと思うんだ」
問いかけに答えると、友人は、「そっか……」と、つぶやいて、
「なら、いっしょに帰るか、桃華。家まで送っていくぞ」
と、佐倉さんに返事をする。
「わぁ、ありがとうございます! じゃ、早速いきましょう!」
下級生は、声を弾ませて、帰り支度を始める。「おいおい……そんなに焦るなよ……」という竜司の声も聞かず、通学カバンを手にした彼女は、
「きぃセンパイ、それじゃ、また来週です!」
と、ボクに声をかけ、友人の手を引いて、放送室を出て行ってしまった。
(マイペースぶりは相変わらずだけど……佐倉さんって、あんなに積極的だったっけ?)
そんな疑問を抱きながら、ボクも天竹さんが待っている図書室に向かうことにした。